市場……ピンク色の髪の少女との出逢い
ベッキーと複数の野菜屋さんを回ってみた。その幾つかの店で無事、大粒の大豆を見つける事が出来た。これなら美味しい味噌が作れそうだ。さっきの輸入品店で麹も手配を頼んでおいたので、あとは味噌を仕込む大きなかめを仕入れなければ……。
「ベッキー、味噌の仕込みが済むまで数日は泊まり込みになりそうよ」
「畏まりました。その様に手配しておきます」
大豆が届いたらまずはよく洗って、水に漬けこんでおかなければ作業が進まない。大豆の芯まで水が染み込んでからやっと炊き込みが始まるのだ。仕込みが済んでから味噌が熟して出来上がるまで十か月ほどかかるので、実際に使える様になるのはまだまだ先だけどそれも楽しみよね。
美味しい味噌の味を思い浮かべて、思わず「ふふふ」とほくそ笑んでしまう。手作りって楽しい。
「あ、ごめんなさい」
「こちらこそ、すみませんっ」
考え事をしながら歩いていたら、誰かと肩がぶつかってしまった。慌てて相手を見ると、何故か驚いた様な顔をしている。誰だろう……知らない人だけど、もの凄く可愛い女性だ。わたしと同じくらいの歳かしら。ピンクゴールドの髪をポニーテールにして若草色のリボンを付けている。大きな瞳は綺麗なブルーだ。
「アリエッタ……なんでこんな所に……」
「え……」
見ず知らずの女性から自分の名前が飛び出して困惑する。わたしが覚えてないだけで、何処かで会った事があるのだろうか。
「……断罪された? ……それで市井にとか……」
目の前で何やらゴニョゴニョと呟いている女性に、わたしは声をかけてみる事にした。
「あ、あの……失礼ですが、わたくしと以前何処かでお会いしましたか?」
「えっ? あ……いいえ、初対面です、ここでは」
ここでは? ……ますます意味が分からない。
「それより、あの、アリエッタ・ネリネ様ですよね?」
「ええ、そうですけど……あなたは?」
「プリメラです。そこのパン屋で働いてます」
少女が指差す方を見ると、小さなパン屋が見えた。確かあのパン屋は美味しいと評判の店だ。
「アリエッタ様に、ちょっと変な事お聞きしても良いですか?」
「わたくしで答えられる事なら……」
「……婚約破棄とか、断罪とか、されちゃってたりします?」
「は?」
突拍子もなくプライベートな事を聞かれて、思わず眉間にシワがよる。
「うっ……生で睨まれると数倍怖いわぁ、ストレートに質問しすぎたかしら」
また何やら小声でブツブツと呟いている。
「ごめんなさい、やっぱり質問変えます! クリストファー殿下とまだ婚約中ですか?」
「…………いいえ」
別に答えてあげる義務はないのだけど、まぁ嘘つく様な事でもないからね。
「やっぱり、そうなんだ……強制力が働いたって事かしら……うーん」
今度は頬に手を当てて、本格的に何かを考え込むプリメラ。わたしはベッキーと顔を見合わせて、互いに首を傾げる。
「プリメラさん、悪いけどわたくし達はそろそろ失礼致しますわ」
「あ、ごめんなさい。引き留めてしまって」
プリメラはぴょこっ、と頭を下げた後「また何処かでお会いしましょうね」と笑顔でわたしに告げてから、働いているというパン屋へと走って行った。
なんだったんだろう、今の子は。何だかスッキリしないまま、わたしはベッキーを連れて残りの買い物へと回って店へと戻った。




