第77話 伝説
仕事帰りに丁度家の前まで来たら、仕事に向かうクルーべと鉢合わせした。
「リオさん、帰りですか?」
「おぅ。クルーべ。お前は今からか。」
「はい。もし良ければ、一緒に来ますか?」
「俺は歌えんぞ?」
「いえいえ。酒場ですので、たまには外で飲んでみたらどうかと思いまして。最近家でしか飲んでないようですし。」
「そうだな。たまにはいいかもな。
ちょっと待ってろ。ディアナに言ってくる。」
そう言って、家の中に入り夕食の準備をしているディアナとキエナに、クルーべと酒場に行くことを伝える。
「あー。いいけど、帰ってきた時に女の香水ついてたら、ブスリだからね?」
と、夕食の準備で手に持つ包丁をキラリと輝かせ、俺を看取る。間違えた、見送る。
そんなやり取りをしていたら、ポワポワが頭の上に乗ってきた。外に行きたいらしい。
もうすぐ夜になるので「大丈夫か?」と一応聞いたら「ピッ」と鳴くので大丈夫そうだ。
念の為、ポワポワの食事用の豆やら香辛料の1部やらを小袋へ入れ、外で待つクルーべの元へ。
2人と1羽でクルーべの仕事場に着く。
酒場のはずだった。
でも何かおかしい。
いや、何かじゃない。クルーべがおかしい。
まず着いたら出待ちの女がわんさか居る。
キャーキャーうるせぇ。
ポワポワが早くも帰りたそうだった。俺もだ。
クルーべは何処かの有名人の様に爽やかな笑顔を振りまき、色紙にサインしだした。
おまっ!サイン?何やってんだ?
なぁ。俺、酒飲みに来たんだよな?
何故クルーべのボディガードなんてやってんだ?
ゲッソリしながら会場入りし、リハ中もポワポワと一緒にぐったりしてた。
本番が始まった。
以前、こってりやあっさりと評したが、クルーべはそれらを超越していた。
歌って、奏でて、踊れる。え?踊れる?
まさにアイドルだった。
普通決定戦の時、反省したんじゃなかったのか?
出待ちの女達は、曲によって頭を振りまくったり、
わざわざ光の魔道具に魔力を込めて左右に振ったり、
やけに統率の取れた【何か】になっていた。
俺は逃げ遅れた男性客と隅っこの方でチビチビ酒を飲みつつ、その光景にドン引きしていた。
セットリストがひと段落したのかクルーべは舞台にある椅子に座る。
そして何を思ったのか、ポワポワを呼び出した。
頭上のポワポワが飛び立ち、クルーべの肩にとまる。
「新曲です。聴いて下さい。」
バラード。
男女の儚い恋物語。
まさに王道。
オーディエンスは聞き惚れ、
静かにクルーべの透き通るような声と、
確かな演奏に酔いしれていた。
1番が終わり、間奏に入っ……いや、ギターソロだった。
うぉ?ポワポワがソロを弾いている?
泣きのソロだ。いや、鳴きのソロだ。
ビブラートまで完璧。
ポワポワが鳴いていた。
出待ちの女達は泣いていた。
逃げ遅れた男性客も泣いていた。
くそっ。俺まで涙が零れそうだ。
クルーべの歌と合わさってポワポワのギターソロ?は更に最高潮になる。
曲が終わる。
静寂からぱらぱらと拍手が広まり、
最終的には割れんばかりの大歓声になっていた。
そうして、この日のステージは【伝説】となった。




