第100話 幸せの代償
「だが、それでもそっちは引き下がれないということも理解している。
そこでだ。ブラント。立ってくれ。」
「む?我か。どうしたのだ?」
ブラントが椅子から離れて立ったので、その椅子をひったくり、俺達側とエルフ側を挟んでいたテーブルに囲むように、斜め右隣へ持っていく。
ブラントを第3勢力とでも言うのか、リオ家の一員ではなく、ここで会話する上で対等になるような位置にこさせる。
「ブラント。そこへ座ってくれ。そして質問がある。お前は元国王だろ?」
「む?知って、いや、気づいておったのか。」
「冒険者ギルドである時期、噂になったからな。『引退した国王が何処かに旅に出た』と。
詳しく聞けば直ぐにピンときた。それにお前のことを経験豊富な冒険者達は畏れていたからな。別の意味でも恐れていたが……。やり過ぎて衛兵に捕まることも無かったし、流石に気づかない方がどうかしてると思うぞ?」
「そうか。しかし、そなたは変わらないな。翁と嫗の言う通りか。」
「今更感があるだろ?
俺達は隅々まで知っている。それこそ体の隅々までな。」
「クククッ。確かに。
それで?我をここへ座らせたのは意味があるのだろ?」
「ああ。エルフ達の提案は、今のところどう転んでも俺達には飲めない。
しかし、それでは収まりがつかんだろ。
そこで、ブラント。お前が元国王として俺達に別の案を提示してくれ。エルフの国の提案が霞むぐらいの素晴らしい案をな。
そうすれば、エルフ側も引き下がり易いだろ?一方的に断られるより、同じ立場からより良い提案が横槍で入り、難しくなったと言えるからな。
例えばお前の国はエルフの国と隣接していないか?その国境の街に俺達を住まわせる家を作るとかな。」
そう言うと食堂に居る全ての者がギョッとした。誰も想像してなかったのかもしれない。
ブラント達はその地位から王妃とも知り合いなのだろう。だからこそ、提案を断るだけで良いと思っていたようだし。しかし、当事者は俺だ。王妃の願いをただ断るだけで終わらせることなど出来ない。もしこうなった時、今までずっと進むべき道を模索していた。
そんなことを考えていると、一番最初に復帰したのは話を振ったブラントだった。
「クク……クハハ……ハーハッハ!
なるほどなるほど!面白い事を考えるな。流石はリオよ!
良かろう。ナトリーの希望など我が打ち砕いてみせようぞ。」
「なっ!?ブラント!」
ブラントは盛大に笑い、王妃は動揺を隠せなかった。ブラントはメイドを呼び、部屋から地図を持ってこさせて、テーブルへ広げる。
「ここが我の国だ。元なのでだったと言うべきか?現国王は我の息子だ。どちらも同じ事よな。
して、その隣の森林地帯。ここがエルフの国だ。そして、丁度国境というよりは森林地帯の切れ目の場所、ここにリオの期待に応える街がある。」
ブラントは地図へ指を刺しながら、丁寧に説明してくれた。
「温泉が出るらしいが、こればかりは流石に分からんのでな。建ててみてからのお楽しみにして貰おう。
その街は、当然国境のエルフの森が近くにある為、豊富な果実や美味い野菜、新鮮な獣肉などが名産だ。
人口も差程多くは無く、静かでのんびりとした、正にそなたら好みの街だ。
その地方の領主も我の友だ。話せば良い関係になれるだろう。
この家よりも更に快適な家を作ってやろうではないか!そうだな翁に嫗。そなたらは暇であろう?広めの庭を用意してやろう。畑でも作ってみたらどうだ?」
「フォッフォッ。いいのぅ。」
「ヒッヒッ。それは楽しみだねぇ。」
ブラントの提案は俺達にとって満点に近く、本当に素晴らしかった。
俺や嫁や子供達のことだけじゃなく、ロンやミラが来る事を想定して住人達の理想を体現したかのような提案であり、ロンとミラは完全に乗り気になっていた。だがそれはブラントがこの家の住人だから分かることであり、王妃には理解出来なかった。
「その程度ですか?エルフの国なら王宮で何不自由なく暮らせるのですわよ?」
「クククッ。ナトリーよ。分かっておらぬのだな。我らは静かに暮らしたいのだ。王宮なぞ、以ての外だ。ゆっくりしたければ、そなたも来てみればいい。キエナとシルバも喜ぶかもしれぬぞ?」
「しかし!エルフの国からその街までは街道が通っておりませんわ!」
「ならば通せば良い。自分の子孫を想うなら、それぐらいのことはせよ。我の提案よりもリオが唸る素晴らしいものが出せるのであれば別だがな。」
高笑うブラントに悔しがる王妃。
他のエルフ一団は話の流れに置いてけぼりを食らっていた。
「そしてリオよ。そなたの希望はその家を買うのであろう?この家より快適とは先程言ったが、そなたが買える金額で抑えるようにしよう。」
「なんでもお見通しか。ブラント。その通りだ。」
「クククッ。隅々まで知っているのでな。」
ブラントとお互いに笑いながら、固く握手を交わした。




