第1話 家を買う
「サーベルボアが2匹とパープルベリーが7房、五月雨草が15束で金貨1枚に銀貨20枚、銅貨40枚ってとこだな。」
王都にある冒険者ギルドの一角、買い取りカウンターでまさに元が冒険者らしい筋肉隆々の体をしたギルド職員から金額を提示され、向かい合う男はそれでいいと頷き、他互いに握手を交わす。
貨幣を受け取り、そのまま隣の総合案内カウンターで金貨を預け、預金残高を確認すると男の顔はしだいに紅色し、握りこぶしを作り人知れず小さなガッツポーズをとる。隠したつもりのようだったが傍から見てもバレバレな程に男は上機嫌だった。
「よう!調子良さそうじゃねぇか!おめぇも1杯付き合わねえか?」
ギルドカウンターとは反対側にある食堂で、まだ日も沈みきってない時間帯からエールを飲んでいる一団から声が掛かるが、男は「ごめん。」とハンドサインを出しつつも食堂のカウンターへ行き、彼らに追加のエールを注文し金を払う。奢りだ。それ程男にとって良いことがあったのだろう。
「悪いな。やっとあんたらと同じように家が買えるまで貯まったんでな。落ち着いたらそっちへ行くさ。」
昼間から酒が飲める冒険者は落ちこぼれか成功者しか居ない。
その年齢が上であればある程、後者の割合が多くなる。男から見てもその一団の年齢は40歳前後しか居なかった。自分の先へ行く者達だ。彼らの側へ行く為にも、男が言うようにまず自分の家を持つのが第一歩かもしれない。
彼らからの冷やかしや祝福をその背に受けながら冒険者ギルドを出ていく男。
名をリオというC級冒険者である。
36歳と冒険者の中では高齢でありながらC級。
どう評価しても中の下、または下の上といったところである。
何か突出した物がある訳でもなく、どれもが普通の範囲で収まり、それでもと足掻いたが後進に抜かれていく日々で心が折れ、上を目指すのを諦めたどこにでも居る一般的な冒険者。それがリオという男の今までの人生であった。
そんな冴えない中年冒険者が家を買う物語。
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王都の東中央通りの中ほどから裏路地へ進んで徒歩20分。
南のスラム街程では無いにしても流石に狭い路地を右へ左へ20分だと治安の良さを期待するのは無理がある。
しかし、そこは冒険者なのであまり気にならない。若干道に迷いそうにはなるが、そこも冒険者だからと間違える訳にはいかない。
リオの前には一軒の元宿屋がある。
木造二階建てでシーツを干すためのスペースと倉庫も付いている屋上まである。
この物件が他と違い比較的安かったのは主に立地が原因だろう。
狭い路地では馬車で来るのはもっての外、民家が立ち並び窓からの景色や日当たり等は皆無と言ってもいい。
しかし内部は1階右側に10名が食事出来るような椅子とテーブルスペースがあり、奥にはキッチン。左側に3部屋並んで奥にはトイレ。中央に階段があって2階には左右4部屋。
ぶっちゃけ1人で住む自分の城としては過剰な家だった。
この物件に決めた時、リオは奥さんと子供は何人欲しいとかやたらと気持ち悪いことを考えていたのだか、まぁそれもご愛嬌。
冒険者はいつ死ぬか分からない。
フラッと向かった先で死ぬなんでことは日常茶飯事だ。
冒険者ギルドで挨拶を交わした彼らも若い頃はもっと人が多く居たのだ。
ならば自分が居なくなっても、妻や子が宿屋をするという選択肢があってもいいのではないかと、これまた気持ち悪いことに居もしない相手のことを考えていた。
購入権利書と我が城の鍵を握りしめ、色んな妄想を掻き立てながらリオは買った家に入って行く。
初めまして。
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