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Chapter:01 友達招待500P

 きっかけは学校の休み時間中。

 親友のタマコからのお願いだった。


「メイに()()って(たの)みたいことがあるんだけど、いい?」

「いくない」

即答(そくとう)かよー。ちょっとしたことなんだって。すぐ()むからさぁ」

「どーせまた、お金貸して~、でしょ?」

「お金がらみなのは当たってる」

「ほら、やっぱり」

「だから違うって。貸して欲しいっていう話じゃぁ~ございません」

「じゃあどんな話なわけ?」

「ウチが、メイに500円をプレゼントしてあげますっていう(うま)みな話」

「あんたが? ……どういう風の吹き回し?」

 タマコはニヤけた顔つきでスマホを操作したあと、「こういう風の吹き回し!」と、あたしの顔のまえに差し出してくる。


 目に飛び込んできたのは、アプリの起動画面。

 まっくろな背景の中央に、舌を出したときみたいな形の、黄色い紋章(もんしょう)フラッグがある。

 その中に描かれてあったのは、なぜかダンボール箱と封筒だ。

 紋章フラッグの下に書いてある文字を、あたしは読み上げた。


「〝ギルマ〟?」

「〝ギルドマーケット〟の略」


 ギルドは、ゲームなどでよく使われる単語だったので、


「なにこれ、ソシャゲ……?」あたしが訊きくと、

「そっちにひっぱられたか。違う違う。マーケットのほうなんだなー」


 タマコが訂正(ていせい)した意味はすぐにわかった。

 起動したアプリが開いていたのは、市場だったからだ。『おすすめの商品』と書かれてある見出しの下に、(えん)マークと数字が入った品物の画像が、ぎっしりと並んでいる。

 ふつうのネット通販サイトとは、すこし雰囲気が違った。

 商品画像の質感にばらつきがあって、(ゆか)に物を置いてスマホで撮影したようなものも目立つ。


「このアプリって、もしかして、CMとかでよく見るメル――」

「っぽいやつね!」

「違うの?」

「サービス内容は同じ。個人同士が物を売ったり買ったりできるフリマアプリ」

「ふーん。タマコもやってたんだね」

「そうそう」

「で、あたしにもやれって言うんだ?」


 タマコが嬉しそうに「そうそう!」と頷うなずきをくりかえす。

 アプリの画面上に『友達招待で500Pゲット!』と記載(きさい)されたバナー広告がででんっと表示されてあったので、魂胆(こんたん)はすぐにわかっていた。


「紹介した側も、された側も、500P、つまり500円分のポイントが必ずもらえるキャンペーン中なんだ!」と興奮気味につづけてくる。「ウチらみたいな小遣(こづか)い頼みの女子高生にとっちゃ、500円はデカいっしょ!? ただインストールして招待コードを打ち込むだけで500円が手に入る! だから頼むよ~、メイ様~」

「けどさ、もらえるのは500円分の、ポイント、なんだよね? アプリ内限定通貨(つうか)って感じで、換金(かんきん)できないんじゃない?」

「……まあ、そんな感じにはなっちゃいますけどぉ」

「それじゃ、いいや。あたしはパス。やり取りがめんどくさそうだし。あと、相手に名前と住所を知られるのもなんか嫌。ってことで、あたしは利用しない。ってことは、500円分のポイントがあっても、無駄」

「ぜんぜんめんどくさくないし! 匿名配送(とくめいはいそう)の商品選べば、名前も住所も知られなくて済むんだって!」


 ページをあれこれ開いて熱心な勧誘(かんゆう)をつづけるタマコによれば、購入の段取りは通販サイトとあまり変わらずに行えるらしい。

 ワンポチとはいかないまでも、二三度ポチポチするだけで買うことができ。『匿名配送』という配送方法を利用している品物なら、お互いの名前と住所を伏ふせたまま売り買いができる。

 開示されるのは住んでいる都道府県の情報くらいなのだそうだ。

 説明を受けても、あたしは気乗(きの)りしなかった。


「さっきチラッと見えたけど、ポイントの有効期限が、たったの三日間しかないじゃん。そのあいだに欲しい商品が見つからなかったら、パーになっちゃって、むしろ(そん)した気分を味わうことになるでしょ」

「ならこうしよう! 今この場でメイの欲しい物を検索して、マッチするものが見つかったら即買(そくが)いする。ウチがやり取りのしかたを教えられるし、一石(いっせき)二鳥(にちょう)っしょ! ――ほらほら、検索検索♪」


 スマホを押し付けられ、……めんどくさいな、と思いつつ、そういえばニュースで耳にしたことのあるアレって実際に出品されているのだろうか、と少し気になったあたしは、ものの(ため)しで『甲子園の砂』と打ち込んでみた。


「やっば……めっちゃ出品されてるし」


 ()(ちゃ)色の砂が入れられ、『甲子園』の文字が刻印(こくいん)されたビンやらキーホルダーやらが、ずらりと並んだ。

 しかも、そのほぼすべてに『SOLD OUT』のポップが浮かんでいる。


「何を検索したのかな~?」と(のぞ)()んできたタマコが、えっ!?、と口元をふさいで驚く。「……メイの欲しい物が、甲子園の砂? 意外すぎる。幼稚園からの長い付き合いをもってしていても、ウチがいまだに知らない隠された趣味があったなんて。――高校野球ファン? それとも、砂フェチ?」


 馬鹿を無視しつつ、あたしは『美容/コスメ』のカテゴリページに切り替えた。

 使い勝手はよくある通販サイトと似ていて、ブランドや価格帯の指定といった詳細検索もできる。

 安い順に並び替えると、最低価格になっているのだろう、300円の商品が列をつらねた。

 下へ下へとスクロールさせていく。


「へぇー、けっこういろんなのがそろってるね。化粧品の試供(しきょう)とかまであるし。――えっ、この香水300円だって」と、上質な香水(びん)の写真につられてページを開いてみれば、「なんだ……試香紙(しこうし)じゃん」

「という低価格帯特有の(だま)し写真トラップが仕込(しこ)まれてあるのも、通販サイトっぽいっしょ?」

「そこは、っぽさ、を出してくれなくていいだけど……。ていうか、ポイントは使い切りたいな」

 と、価格設定を500円のみに(しぼ)りなおす。


 それからふたたびスクロールしていき、「……ん? これって」と、あたしの目に()まったのは、モノトーンのネイルチップだった。

 白色が基調(きちょう)で、黒色のハート型3Dや水玉ストーン、リボンパーツが点在しているやつ。

 前になにかの雑誌で見て、いいなと思っていたものと似ていたのだ。

 たぶん、それを模倣(もほう)して出品者自身が制作したハンドメイドなのだろう。

 説明文には、素人が趣味で作っている(むね)の記載が見受けられる。


「ショートだし、10本セットだし。これが500円――タダで買えるっていうんなら、まあ有りかも」

「おっ、どれどれ?」とタマコがまた覗いてきて、今度は、えぇ~っ、と(あき)れたような声を()らす。「また地雷(じらい)系ネイルか~い。いっつも同じようなのばっかりしてるじゃないか~い」


 ちょっとイラついた。


「あんたはネイルに興味がないから全部同じに見えてんの。アイドルの顔が全部同じに見えている人といっしょ。あとさ、地雷系とかいうのやめてくれない? その呼び方きらいなの。あたしはモノトーンが好きってだけ。あんな量産型ゴスロリ亜種(あしゅ)どもと一緒にしてくれないで。メイクも服装もぜんぜんそんなんじゃないんだからさ」

「目くそ鼻くそを嫌うってやつか~い」

「……わかった。買うのやめる。アプリは当然、入れてあげない」

「わー、うそうそごめんなさい! (あやま)るからその地雷……じゃなくて、モノクロネイルを買ってください! 即購入OK、送料込み、匿名配送の三拍子(さんびょうし)がちょうど都合(つごう)よくそろってるしさぁ! この通りだから、どうかウチに500円のお(めぐ)みを!」


 あたしの座席の真横に立っていたタマコが突如(とつじょ)、正面にまわり込み、(つくえ)の両脇をつかで、ショートヘアの頭を下げた。

 ひたいを天板(てんばん)(こす)こすりつけただけでなく、「うんと言うまで動かないぞ!」と机つくえを()き込こんで、腰をフリフリ、駄々(だだ)をこね出す。


 やめてくれ……。


 窓際の席の物静かなマスクボーイが、こっちを見てとても不快(ふかい)な目つきをしている。


 あたしは()(いき)をついて降参(こうさん)した。


「友達招待されてあげるから……さっさとコード教えて」


 なかば強制的な勧誘により、あたしは〝ギルマ〟をストアからインストールする運びになった。

 その場で会員登録を済ませ、付与(ふよ)されたばかりの500円分のポイントを速攻で使い切り、タマコの指南(しなん)にしたがってネイルチップを0円購入。

 フリマアプリでの、買い手取り引きデビューを(かざ)ったのだった。

 のちに、盛大な地雷を()むことになるとは知らずに……。

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