黎明の涙(3)
私と彼は境遇があまりにも酷似していた。だから、必然的にお互い惹かれあったのだろう。最初は敵意を剥き出しにしていても、一人で苦しみを抱え続けるなんて弱い私たちには無理な話だったんだから。
この恋は、誰にも祝福されない恋だと分かっていた。私と彼以外、誰も幸せにならないことも知っていた。それでも、私たちは命が尽きるその時まで一族に囚われることを知っていた。だから、一時の幸せに身を任せて家という牢獄から逃げ出す愚かな選択をくだした。
泡沫の夢でも。儚い時間でも。甘い蜜に誘われるように、ただひたすら逃げ回った。逃げ切れるはずなんてなかったのに。
「姫様、いつでも帰れるお支度は整っております。我らの世界に帰りましょう」
彼が王家の兵隊のもとへ赴いた後、それと入れ替わるように私の仲間が迎えに来た。ヒトとは異なる姿をした妖の仲間が、私が逃げ出さないよう術をかけようと目を光らせ近付いてくる。
「ジーニャ、久しぶりね。その手をしまいなさい。術をかけなくても、もう私は逃げないわ」
術をかけようとした同じ一族のジーニャを安心させるように微笑みながら近寄り、妖の世界に戻るために用意された駕籠の中に入る。逃げられないことは私が一番良く分かっているから。
彼はこの国の次の王になる人で、私は妖の世界で頂点に立つ種族の妖狐の姫。王族と妖が一時的でも協定を結べば、私と彼の居場所はすぐに見つかる。そんなことは分かっていたはずなのに、逃げ切れる夢に焦がれてしまった。
「さようなら、クラウティア」
彼と過ごした質素な、けれど幸せな夢を見せてくれた家に、感謝の気持ちを込めて別れを手短に済ませる。
「出発していいわ」
私が別れを済ませるまで律儀に待っていてくれたジーニャに、出発の合図を送る。ジーニャは他の仲間にその旨を伝えると、私の乗っている駕籠が宙に浮いた。
「クラウティア、どうか元気で」
夜が明ける頃、ヒトと妖の世界を繋ぐ路を通りながら、溢れ出てくる涙を止めることなく彼の幸せを願った。振り返ることは決してせずに。
だからこそ、知らないところでジーニャによって静かにヒトと妖の世界を繋ぐ路は閉ざされたことに、レアリーは気づく事がなかった。
──これ以降、ヒトと妖の世界は行き来出来なくなり、いつしかヒトの世界で妖は想像上の生き物とされる。クラウティアもレアリーと過ごした一年間の記憶はジーニャに渡された薬によって消され、レアリーもまたクラウティアを愛した日々の記憶が消された。故に、二人の交わした約束はついぞ叶う事はなかったのである。
本編はこれで完結です。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
明日の18時にこの話の補足的な余談を一話載せます。
良ければそちらをご覧いただければ、クラウティアが孤独に愛されていると表現した理由が分かるかと思います。