黎明の涙(1)
このお話は、二人が結ばれることはありません。
ですので、ハッピーエンドがお好みの方はそれを踏まえた上で大丈夫でしたらお読みください。
※この二人の話が自分に合わないと感じたら、そっとブラウザを閉じてUターンしてください。
私が愛した彼は、哀しいほど孤独に愛されている。
*
「戻るつもりなのね、やっぱり」
「……ああ。君と過ごした夢の時間はもう終わりみたいだ。それに、君もだろう?」
「ええ、そうね」
夜が深まる頃、支度を終えた彼から目を逸らして寝室から窓の外を見れば、私たちのボロい家を取り囲むようにして王家の兵隊と私の仲間が鎮座していた。クルアート直系の男性王族のみ被ることを許された緋色の冠を被り、王家の紋章が刻まれた剣を腰に携えている彼は、この国の次期王様になる未来が待っている人。
「レアリー、僕を愛してくれてありがとう」
私たちが数日間だけ住んでいた家から、元の場所に戻る準備を完全に終えた彼は、王族の証である緋色の瞳に私を映し込んで見つめて微笑んだ。
彼の瞳はすべてを受け入れる覚悟を決めていて、私との完全なる決別を秘めていた。それが寂しいと思ってしまった。だからつい、分かりきっていることを彼に尋ねた。
「ねぇ、クラウティア。あなたは、私と過ごして幸せだった?」
彼が幸せなはずなんてないのに。
彼と一緒に家という名の牢獄から逃げ出した日々は、隠れるように息を潜めた生活だった。本来ならば、このような暮らしをさせてはいけない尊い人だったのに。
もしも私が王家ゆかりの令嬢や商家の娘だったなら、彼と陽の当たる生活は可能だったかもしれない。そうでなくても、この国の町娘でさえあれば、海を渡って誰も私たちのことを知らない土地に逃げることは出来ただろう。
けれど、私は──。
「俯かないで顔を上げてよレアリー。僕はね、幸せだったよ。二十六年生きていた中で、君と出会って過ごしたこの一年間が一番幸せだった」
たった数日間だったけれど、彼に粗末な生活を送らせたことを悔やんでいた私に、淀みなく本心を言い切ってくれた彼。それだけではなく、お互い叶えることの出来ない約束だと分かっていても改めて言葉にしてくれた。
「レアリー、ずっと僕は君を愛してる。だから、いつかヒトと妖が交わる世界を創るよ。そのための約束を叶えに行ってくる」
その約束は、彼と想いが通じ合った日に交わした大切な約束。ヒトと妖の間には埋められない溝があると一番理解している私たち。彼はそれでも約束を叶えようとしてくれる優しさに、涙腺はいとも簡単に緩む。けれど、今はまだ泣くときじゃない。
「ええ、私もよ。クラウティア。……私もあなたをずっと愛してる」
溢れ出そうになる涙を堪えて、彼と最後の口付けを交わす。彼の全てを覚えていられるように。
次の話は明日の18時に投稿予定です。