プロローグ
「失われたものを数えるな。残されたものを最大限に生かせ」
………ルートヴィッヒ・グッドマンの言葉より
一対一になってしまった千夏は焦ったのか、無理に止めようとして伸ばした右足が相手選手の左足にかかり、転倒させてしまった。ピーっと笛が吹かれ、審判がPKを宣告する。
「おお! チャンスだぞ! 今度こそ決めろ!」
観客と相手スタッフ達がどっと沸きだした。審判が転がっていたボールを手に取る。相手スタッフがグラウンドへ入り、転倒した選手を立ち上がらせて何やら話しかけた後、そのまま彼をPKの場所へと連れていく。
彼女は悔しがっていたが、監督に励まされたのだろう。頷きながらハーフラインの位置につき、こちらに向って叫んだ。
「巧! 頼んだよ!」
「おう!」
そう叫び返すと、相手選手がセットしたボールに集中した。ゴールエリア付近に味方の三選手が戻り、跳ね返りのボールを狙う。対して相手チームの一人はキッカーの後ろに移動し、こぼれ球を狙いながらもカウンターに備えられる位置に立った。
さあ、こい。今度もワンステップか、それともノーステップで打ってくるか。予測するためにキッカーの動きを観察した。神経を集中し、止める、絶対止めて前線の千夏にスローしてもう一点狙いに行くんだ、と呟きながら構える。
相手ガイドがポストをカンカンと叩き、ゴール位置を知らせる音が耳触りに感じた。いつも以上に神経質になっているのか、僅かにイラつかせる。
ピーっと笛が鳴った。キッカーがセットしたボールから手を離し、すぐシュートを打ってきた。今度はノーステップだ。読まれないようにタイミングをずらしてきたのだろう。
ボールは咄嗟に反応して懸命に伸ばした左手を掠め、飛んでいく。背後でバサッ、という音が聞こえた。
「おおおおおお!」
「ナイスシュート!」
グラウンドが大歓声に包まれる。やられた。後ろを振り返ると、ボールはサイドネットに突き刺さっていた。