97 インベージョンカワゴエ
わたしたちは雑居ビルの階段を駆け上がった。
屋上のドアを開けて空を見渡すと、池袋方面にそれが浮いていた。
宇宙船。
いっけん、飛行船のような葉巻型だけど、その表面は黒っぽいガラスかメタリックの切子細工で、川越上空をゆっくり遊弋するごとに太陽の光を受けてギラついていた。
「あれ、マジで……?」
「思ったよりデカいな……」
誰も空飛ぶ未確認物体なんて見たことなかったから大きさが実感できないでいたけれど、とにかく「ものすごく大きい」というのだけは伝わってる。ニュースでは「空母くらいの大きさ」と伝えてたけれど……
だれかのスマホが鳴って、ボブが応答した。
「はい、中尉……ええ、いま直接視認してます。……了解、様子見ますが、敵対行動があった場合は?……ああはい、サイファーの判断次第ってことで、了解っす」
スマホを尻ポケットにしまってボブが言った。
「――ってことだ、とりあえずこちらから手を出さず様子見だと!」
「いざ手を出すったってどうしろってんだよ!鉄砲撃てってか?」
「たぶん効かないよね……ミサイルも」ジョーが言った。
「ダメか?」
「アレが本当に恒星間空間を猛スピードで渡ってきたんなら、ものすごく硬いはず……通常兵力じゃ太刀打ちできないんじゃない?」
「映画の海兵隊はAR-15で対抗してたが、現実的にはやっぱ無理か」
「少なくともディセプティコンには全然効いてなかったでしょ……」
「いっぽう、やつらはあたしたちを光線銃で焼く」シャロンが言い添えた。
さすがのAチームも動揺している。
わたしのスマホも着信した。相手はタカコだ。
「なに?」
『あーナツミ?いまニュース速報観たんだけどさあ……』
「そーよいま川越上空に宇宙人が来襲してるのちょっと忙しいからまたあとで!」
『あーそうだよね~忙しいか。頑張ってね!あと写メ送ってね~よろしく~』
通話終了。
「なんだよ写メって……」
わたしはぶつくさ言いつつ宇宙船と一緒に自撮りしていた。
我ながらいささか動転してるようね。
まあほかのみんなもガンガン着信しているのはご同様。Aチームは仕事関係だけど社長は興奮気味にお友達と通話していた。
「おい、スマホいじってる場合じゃない!」サイが言った。
その通りだ。宇宙船がゆっくり向きを変えて、わたしたちのほうに向かってきた。
鮫島さんが途方にくれていた。「まさか、我々のほうに接近しているのか……?」
「だとしたらすごい探知能力だわ」シャロンが言った。「――ひょっとしてネットワークモニターされてる?」
みなの視線が一斉にわたしに向いた。
「え?わたしなんかした?」
「いや……だってこの中で誰のスマホを追跡するかとしたらさ……」
「ナツミ」
サイが決然と手を差し出した。
「はい……」わたしはスマホをしぶしぶ手渡した。サイがスマホを持った手を振ると、手品みたいに消えてなくなった。
「け、消しちゃったのお~?」
「念のためアパートに転送したんだ。しばらく我慢してね」
「そう……」まあなにかの映画みたいに踏み潰されなくてホッとしたけど。
ボブが提案した
「サイファー、転送と言えば、いっちょあの宇宙船内にテレポートしてみないか?」。
「それが、あの中はなにも見えないのだ。わたしの〈魔導律〉を遮断しているようだ」
「あんたの力が遮られてるって!?」
「そりゃ……マジで脅威なんでは?」ブライアンが顔をしかめた。「ついにディーやあんたと真っ向勝負できる相手が現れたってこったろ」
宇宙船がわたしたちの真上でガクンと停止した。
なにかブーンとかゴンゴンとか音がしそうなものだけど、静かだった。
その代わり、街中のスピーカーからサイレンが鳴り響き始めた。
いやが上にも緊迫してしまう。
下のほう、街路がざわついている。まわりの雑居ビルの窓が開いて人々が空を見上げていた。
「メイガンじゃないけど、やっぱ見かけ倒しのような気がする」ジョーが呟いた。
「そうか?どうして?」
「だってスーパーテクノロジーを持った連中でしょ?わざわざ母艦ごとやって来る?転送でも小型UFOでも使えば良いのに」
「だが威圧するには良いだろ?いままさに俺威圧されてんだけど」ブライアンが言った。
「たしかに軍事プレゼンスとしては効き目抜群だけどさ……」
「威圧か目的ならやっぱ友好使節じゃないぞ」ボブが言った。
「誰だってそのくらい分かってるよ!」ジョーが叫んだ。「何百光年先からわざわざ友好親善でやって来るもんか!覇権拡大と資源確保が目的だっつの!」
鮫島さんがおずおずと言った。
「いやそういう決めつけは良くないだろ……」
「うっせえよお花畑野郎がッ!やつらに侵略以外の意図なんざねーよ!」ずっと鮫島さんに絡んでいたボブが叫んだ。
「おっおまえらはいつもそうだ!なんでもかんでも邪悪な連中と決めつけて!」
「それじゃどうしろってんだ?平伏して「へへぇ!参りましたでございまする」ってか?ジャップらしい奴隷根性だよな!」
「そういう考えだからおまえらはいつまでたっても――」
「うるさいんだよ!」シャロンがキレた。「いまあたしの脳裏に美しい思い出が走馬灯のようによぎってるんだから、邪魔しないで!」
ブライアンが十字を切った。
「俺、この仕事が終わったらタカコと結婚するんだ」
(あーそう言えば自撮り、タカコに送ってなかったな)わたしが考えたのはそれだった。
ヤバい!わたしたち全員取り乱してる!
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