95 対宇宙人対策会議(みたいななにか)
「いくらなんでもそれはないわ!」
断言したのはメイガン・マーシャル中尉だった。
ですぴーは椅子にまたがり背もたれに腕を乗せて頬杖をついていた。
「だが宇宙人てたいがいヒューマノイドじゃなかったか?」
「それは『スタートレック』の話よ!まともに勉強してたら人間そっくりの異星人なんているわけないって分かるはずよ」
「そりゃガッカリだな」
ジョーが肩をすくめた。「そうは言ってもさ、本当に現れちゃったんだし、みんな信じちゃうでしょ」
わたしはソッとサイに尋ねた。
「ねえ、アメリカ人さんたちなんであんなに深刻そうなの?……そりゃ異星人が宇宙船に乗って現れたんだから当たり前かも知れないけれど……」
「わたしの真偽が問われるんだ。なんせ異星人は居ないって断言したから」
「あそっか」わたしは拳を手のひらにポンと打ちつけた。「サイの言葉が嘘かも知れないって、疑われてるのか……」
それで、メイガンはワシントンD.C.に現れた異星人使節がインチキだと断じている。
彼らは人間そっくりだった。
例によって報道管制が敷かれたので、衝撃的な第一報が流れたあとはパッタリ情報が途絶えた。ニュースに流れたのは、ワシントン上空に現れた紡錘型の宇宙船と、妙な衣装を纏った異星人三人を写したスマホカメラの映像のみである。
それでスマホに連絡のあった翌日、わたしとサイは川越駅前のタワマン最上階――ですぴーとNSAの根城に駆けつけた。
でもなんで駆けつけなくてはならないのか、いまいち分かってなかった。だって――
「あの~……それってわたしたちに関係ありますのん?」
メイガンはただでさえキツめの目線でわたしを軽蔑したように睨めつけた。
「当たり前じゃないの。いまこのタイミングで異星人が現れるなんて出来過ぎだと思わない?」
「まあ、そうかも……」
ブライアン兵曹が言った。
「おれもインチキだと思いますがね。中国人の仕込みじゃないすか」
ボブが反論した。
「そうだとしてもあの宇宙船はどう説明する?千フィートの鉄の塊が浮いてたんだぜ?」
「あのー」部屋の隅に控えていた天草さんがおずおずと挙手した。
そう、なぜか天草さんと鮫島さんもここに居る……サイが強制参加させたのだ。
すかさずメイガンが言った。
「あなたはオブザーバーだって言い渡したでしょ!会議に口を挟まないで!」
「す、すいませーん……」
「まあ良いじゃねえか」ですぴーが言った。「なんか役に立つこと言うかもしれん」
天草さんがチラッと上目遣いで顔色をうかがうと、メイガンはしぶしぶうなずいた。
「あ、ありがとうございます――それで、あの宇宙船ですけど、手の込んだホログラムという可能性はないんで?」
「残念だけどないわ。あのあと空軍に誘導されて宇宙船は別の場所に移動したけれど、たしかに実存しているそうよ……何人か船内に招待されたらしい」
「ロズウェルか?」鮫島さんが言った。「あんたたち宇宙船をエリア51に隠したのか?」
「ロズウェルとエリア51は全然違う州だぜ、日本人」
「え、そうなの?」 これはわたし。
「それだと、えーと……わたしたちの立場ってどうなるんでしょう?サイファーさん派と異星人派に分かれてしまうんですか?」
「いくらかマシな話になってきたわね」メイガンが素っ気なく言った。
「たしかに、サイファーの話を信用しようとしていたわたしたちは足元をすくわれた形よ。だけどよく考えれば分かる話よ。事実NASA関係者は一様に「あり得ない」と異議を表明しているのよ」
「でもねえ中尉殿」シャロンが言った。
「アメリカ人の20パーセントはアポロ11号は捏造だと信じてる。進化論は信じてない。地球平面説信者はわたしたちの味方と思ってたけれど、そうじゃないわ。それに異星人がいるならエルヴィスもまだ生きてると確信できるしね……「よく考えれば分かる」ってのは案外難しいかも」
「理性を唱える人VSその他有象無象か……」ブライアンが瞑想的に言った。「その戦いでは常に有象無象が勝利する」
「それじゃあの異星人が本物だと仮定してみよう」サイが言った。「彼らはわたしに用があってわざわざ何百光年彼方からやって来たというのか?」
「そう言われるとやっぱりあり得ない話に聞こえるな」ボブが言った。
「あり得ないと言うことでは異世界転生だって宇宙人だって同じだわ!だけど異世界は実在すると私は信じた。あとはあの異星人たちの正体を確かめるだけよ――なに笑ってるのよ!」
最後のひと言はわたしに向けられていた。
「え?いやあの……」わたしはまごついた。「異世界も宇宙人も本物、っていう考えでもいいんじゃないかな……って」
「人間そっくりの異星人が本物?あんたマジで言ってんの!?」
「やっぱダメ……?」
「まあまあ」サイが取りなした。「ごく近いうちにいろいろ分かるだろう……わたしに用があるなら会いに来るはずだし」
メイガンがうなずいた。
「来ないなら本当にファーストコンタクトという可能性もある、と」
デスペランが咳払いした。
「で?やつらがおまえに会いに来たらどうする?」
「会いに来れば分かるよ」サイは軽く答えた。
「それでは後手後手だ!」鮫島さんが訴えた。
「あんた方の国にはこういう時のガイドラインがあるんだろう?なにを準備しとけば良いのだ?」
「弾を込めろ」
「備蓄だ」
「つねに不断の警戒を怠らず不測の事態に備えよ」
「祈れ」
Aチームが口々に言った。
メイガンがため息を漏らした。
「もうちょっとマシなガイドラインもありますけど、あなた方だってなにか用意してませんでした?災害出動じゃいつも迅速に展開してるじゃないですか」
「それは常に現場の指揮官次第だ……」鮫島さんは言いづらそうだった。「それに、ご存じだろうが我が国の敵性勢力に対するガイドラインはいまだ不明瞭だ……」
「あーあんたたち何十年も戦争してないもんなあ」
「ま、異星人が敵とは限らないし……」
「敵だった場合だけ想定して、準備しておくべきだ」サイが言った。
鮫島さんは心細そうに呟いた。
「そうしたいが、本物かどうかはともかく、あの人間型異星人がフェイクだとしたら高度なロボットかなにかだろう?そんなのが相手だと上に報告するのは大変なんだ」
ボブが感心していた。
「なんだちゃんと考えてるんじゃないか。日本人はもっと想像力貧困だと思った」
「きみ失礼だぞ!僕はこれでも一尉なんだ」
「イチイって?」
「大尉ってこと」シャロンが答えた。
「そりゃたしかに!失礼しました!」ボブはビシッと敬礼した。
鮫島さんはしぶしぶ返礼した。
「……ちょうど良い機会だ。指揮系統をはっきりさせておこうじゃないか?」
「あいにく俺たちのボスはディーだけですがね」
鮫島さんはですぴーに顔を向けた。
「デスペラン・アンバーさんだったな。あんたも異世界人だっけか?」
「そうだ。ちなみに、俺ルールによると指揮権は腕っ節の強さで決まるのだ。俺と勝負して勝ったらあんたがボスでいいよ」
「しかし……きみたちはなんとかいう魔術を使えるのだろ?いささか公正さに欠けると思う」
「ひと月前戦ったときは結構いい線行ってたじゃねえか。今回は素手でいいよ。カラテでもキックボクシングでも、どんとこい」
鮫島さんは思いきりしかめ面で何秒かですぴーを睨んでいたけど、やがて首を振った。
「……遠慮しておこう。僕はメイガンさんと同じ立ち位置で命令系統に組み込んでいただきたい。いいかな?」
「結構ですよ鮫島一尉」メイガンが言った。「それでは連絡は密にお願い致します」
「なんだ、結局俺らのサブリーダーに据わるのか」ボブが不満そうに呟いた。
ジョーが言い添えた。「まともな命令下してくれるなら文句ない」
そしてわたしはだんだん不安になってきた。