93 新生活
翌日朝。
おもてでリズミカルな擦過音が聞こえたのでわたしが窓から覗いてみると、信じられないことに巫女の天草さんが竹箒で路上を掃いていた。
あれってお寺……じゃなくて神社の境内ですることじゃないの?
(赤白の巫女装束でずっと過ごしてるのかな……)
天草さんは年の頃はわたしより年下っぽい。長く清潔そうな黒髪をうしろで結ってる。〈ザ・巫女〉って感じね。
あの人と隣の鮫島さんが、ですぴーとAチームに代わってわたしたちを警護?
(大丈夫なのかなぁ……)
黒服のSPみたいなのに囲まれたら、それはそれで嫌だけど。
(まあ、守ってもらってる分際でケチつけられんか)わたしは窓際から離れた。(しかも無料だし)
今日は電車を使って普通に通勤すると決めた。
「大丈夫?」
わたしが出掛ける支度をしてると、サイが心配げに尋ねた。
「まあ……護衛だか監視役だかもいることだし。サイはどうするの?」
サイは格好が格好なので最近は学校に行ってない。
ですぴーが新しい身分を用意しようか?と申し出たそうだけど、「近くの中学校の臨時英語教師」という肩書きをサイは丁重にお断りした。。
「あの野郎、趣味に走ってる!」
サイもだいぶ地球の風俗に精通してきたから、ですぴーがなにを狙ってるのか分かってるわけだ。
「わたしたちの新しい護衛集団とやらを面接しようと思う。実技も確かめねば」
「実技」
あの巫女さんと模擬戦でもする気かしら?
緊張感に満ちた通勤もトラブルなく、会社に無事出勤した。
「おはようございまーす」
「あ、おはようございまーす‼」
わたしはタイムカードを押そうとして、はたと動きを止めた。
ソファーに社長と、天草さんが座っていた。
「えっ……?」わたしはタイムカードを押しながら言った。「なんで……天草さんがここに?」
社長が肩をすくめた。
「この子さっきいきなりやって来てね~、無給で良いからここで働かせてくれとか無茶言っててさ。とりあえず怪しすぎるからナツミさんを待ってたのよ」
「なんでわたし待ちなんで?」
「この子があんたの知り合いだって言うから真偽を確かめるためよ」
「まあ……知り合いって言えば知り合いですけど昨日初対面したばかりで――」
「よし採用」
「なんで!?」
「だってほら、ナツミさんの知り合いってことはアレでしょ、なんか面倒くさい関係」
「面倒くさい関係って――まあそれはそうですけれど、なんでそれが採用理由になりますの!?」
「面白そうだから」社長が言い切った。
そんなわけで、天草さんは「臨時雇い・お手伝いさん」として雇用された。
「でもタダ働きってのはマズいんではございません?」
社長は手を振った。
「まあぼちぼち考えていこ」
「ありがとうございます!」天草さんは立ち上がった。「わたしITのことはからきしダメですが、雑用なんでもこなしますから、よろしくお願いしまーす」
(マジか)
「それじゃナツミさん、新人教育お願いね~」
わたしはニコニコしてる天草さんをまたしても凝視した。
(もうひとり増やすほどこの会社仕事あったっけ?)
天草さんはさすがに巫女服ではなかった。ごく常識的なリクルートスーツだ。スマホ会社の受付嬢かなにかのようだった。
「えーと……それじゃあざっと説明するね。ここはフレックスだから社員はぼちぼち出勤してきますんで――」
ひととおり説明してるあいだになんとなく役割分担を見出した。と言ってもお茶汲み役をシェアしたらわたしがもっと暇になってしまう……
さいわい、天草さんは普通免許を取得していた。
「イイね!それじゃわたしのお抱え運転手してもらおう」社長が嬉しそうに言った。
「えっ……」天草さんの表情が曇った。「遠出ですか……」
「ほら、嫌な顔しないの!」わたしはいささか意地悪く注意した。おおかた、護衛対象のわたしと離れることになるとは想定してなかったのだろう。
夕方になって、わたしと天草さんは一緒に帰宅の途についた。
「わたしはこれから毎日あなたと一緒なの?」
天草さんはやや済まなそうに苦笑した。
「ヤですかねぇ?」
「ま、良いですけど……」
「そんなに長いあいだじゃないと思うんですけどね~。我慢してお付き合いくださいよ」
「だいたい天草さん、ホントに巫女さんなの?てっきりアパートの近くの神社で働くのかと思ったんだけど」
「いちおう巫女ですよ。あ、ちなみに神社でおみくじ売ってるのはたいがいバイトですけど、わたしは本職ですので」
「本職……」
と、言われてもいまいちどんな仕事してるのかイメージ沸かない。竹箒持ってる姿と……薙刀構えてサイキックバトルしてる姿しか浮かばない。
「えーと、わたしたちお坊さんと関わったことはあるんだけど、よくよく考えるとその関係者じゃないよね?だってあっちは仏教で、あなたたちは神道ですもん」
「いやーべつにわたしたちお坊さんと仲悪いわけではないんで。ときどき、災害時とか共同でお祀り事しますよ?」
「災害時」
わたしたちは電車に乗って短い距離を移動した。
「――まあぶっちゃけてしまうと、わたしたちが動いたきっかけって真空院巌津和尚の呼びかけなんですよー」
「あの人と知り合いなの?」
「まあ二年くらいまえからちらほら。けどたしか二ヶ月ほど前、即身成仏されたとお噂があったんですけどねえ……」
「へえ~」わたしはしらばっくれることにした。
「でもでも、ハワイの流出動画に映ってたの、あの人ですよね?巨大化してましたけど」
「ウ?ウン、そうかな?」
駅を出ると、わたしたちはスーパーに寄って買い物した。
「天草さんて、あのアパートにひとりで住んでるの?」
「はい。良かったらお夕飯作りに伺いますよ?」
わたしは笑った。「そこまでしていただかなくて結構。わたしはサイがいれば安全だから」
「あっそう言えばそのサイファーさん、いらっしゃらないようですが……」
「え?ああ、大丈夫、ちゃんと居るから気にしないでね。はは」
「そうですかぁ……」天草さんは釈然としない様子だ。
「まあ、すぐに会えるんじゃない?」
わたしは軽い調子で請けあったけれど、内心首をかしげた。
もうそろそろ男のサイに戻ってくれても良くない?