90 大反省会 その3
「ファ!?」わたしは口を押さえて言った。
「な、なに言ってるんだデスペラン」
「しらばっくれるな!ナツミの視力が治ったり変だと思ってたんだ!そして今日は明らかにパワーが落ちてたじゃねえか!おまえナツミに〈魔導律〉シェアしてやがんだろ?」
「ちっ違う……!」
つねに自信満々デカい態度のサイが、ですぴーの追求にたじろいでいた。
「へーそうかい」
「あれは違うんだ。わたしは意図的に〈魔導律〉など与えたりしてない……むしろナツミがわたしの〈魔導律〉を、え~、吸ってる……」
「エッ!?」わたしはさらに驚愕した。
「なに?エロい話?」タカコが言った。少し酔っ払ってる。
「サイ……」わたしはヨロッと立ち上がった。「それ本当なの?」
サイは困惑していた。
「まあ……いままで言えなくて悪かった」
「わたしが……サイの〈魔導律〉を横取りしてる?」
「どうもそうらしい」
「それってどういうことなの……?」
「わたしにも分からない。でも魔法が使えるわけじゃないと思う……」
「そうかい?」ですぴーが言った。「このまえ車を弾き飛ばしてなかったか?」
ああそうだ!
藍澤さんに突き飛ばされて車に轢かれそうになったあのとき……!
「マジですか……」わたしは力なく腰を下ろした。
ですぴーが言った。
「くそっいまこそ記憶聖堂の知恵が必要だ。巌津さんよ、あんた向こうでなにか聞いてねえか?終焉の大天使協会の深遠なる意図とやらを」
「ふむ……」巌津和尚は考え込んだ。
「……拙僧、状況を見定めぬままとにかく知識を詰め込まれたゆえ、即答は致しかねる。いちどお山に戻り、師匠連のお知恵を仰がねば」
「坊さんたちにか?俺たちの助けになってくれそうか?」
「修行僧には、拙僧と異なり学歴達者な御方もおるのでね……世俗に荒唐無稽と蹴られる事柄であっても呑み込むだけの器量はあるものと思われます」
「物わかりが良いってか?」
「こうして拙僧が彼岸より帰還しましたゆえ、いささか突飛なお話でも受け容れるでしょう」
「そりゃあそうか」
そう、みんなさらっと流したけど、巌津和尚は先月お亡くなりになって、蘇ったのだ。人によっては深刻に受け止める事柄であろう。
「ですがしかし、〈魔導律〉は拙僧もお裾分けされた。昼間の連中もしかり。ナツミ殿の件がさほど問題になるのであろうか?」
「与えるのと奪われるではいささか違いがある」サイが気乗りしない様子で言った。
わたしは気落ちしたまま鍋のおかわりをよそった。最近は味噌ベースの鍋を滅多に食べてなかったから美味しかった。
★ にぎり寿司&お吸い物
まったりと鍋をつつく時間が続いた。
「もう難しい話は飽きた」と言ってですぴーが隣のテーブルに移った。シャロンとジョーもスコッチに釣られてそちらに移動した。結果そちらではサークルの若い女の子を交えて賑やかしくなった。
社長も一緒になってワイワイやってた。二次会はカラオケにゴーだ!なんて声も聞こえてくる。
わたしたちのほうでは上野隊長とメイガンが吉羽先生を加えて、女子トークに盛り上がった。
「シーフードなんてガーリックバターで炒めるしか食べる方法ないと思ってたけど……」
メイガンは満足げだ。お箸の使い方の達者で、品良く食べ続けていた。
「それにケチャップもマヨネーズもナシで食事が済むなんてアメリカじゃ考えられないわ」
「わたしはハワイの食事気に入ったけどな~」タカコが言った。「でも太りそう」
メイガンはうなずいた。
「その点、日本の食事はいくら食べても太れないって、在日基地に勤務経験ある人間は口を揃えて言ってたわね」
「それってちょっと羨ましいな」
「ナツミは太っちゃダーメ!いまがベストだからね。それ以上お肉付いたらドレス縫ってあげないから!」
「はーい……」
吉羽先生の忠告が身にしみる……
とはいえ日中はタコス一個だったし、いまはお昼をあまり食べなかったことに感謝していた。
それどころか、シメはご飯かおうどんだろうか、と考えてさえいる始末。
ところが、最後の最後に刺客が現れた。
お寿司。
おっきなマグロとウニの軍艦巻き……!
「これは食べ物なのか?」
サイがウニを見ながら言った。
「そうよ。美味しいんだから」
「そうか」サイはウニを摘まむと、お醤油につけてひとくちで平らげた。「ふむ……」
「サイ、さっきの話だけど、帰ってゆっくり話し合う必要があるようね」
「うーん……まあ今夜はゆっくり休もうよ。いまは盆休みとやらで明日も休めるんだろう?」
「そうだけどね……」
なんとなくはぐらかされたみたいで釈然としなかったけれど、たぶんわたしはあと1時間で眠くなるはずだ。
まあとにかく、お寿司はわたしのおなかに収まってしまった。
満腹です。
★ ヘーゼルナッツアイスクリームとメロン&デミタスコーヒー
「食べないわけにはいかない」
わたしたちは謎の使命感に突き動かされ、デザートに取り組んだ。
キャラメルとブランデーソースの超なめらかな口当たりとナッツの絶妙なハーモニー。
メロンも超あまくてさっぱり。
三時間に及ぶお食事もついに終わった。
「半分負担しろ」
サイがレシートの束をですぴーに渡した。
「マジかよ。まあしゃあねえか。半分はアルコール代だ」
「ごちそうさまです~!」サークルのみんなが口々に礼を告げた。
わたしも満足したけれどあえて金額は聞くまい。
夜九時過ぎだけど、八重洲の空気はまだもやっと湿気含みだ。
いつもなら路上でダラダラお話をするところだけど、今回は二次会組が早々と別れたので、わたしとサイと巌津和尚が残された。
「では和尚、後日またお目にかかろう」
「承知した」
巌津和尚が夜の闇に消えると、サイはわたしの手を取った。
「ナツミ、帰ろう」
「うん」
こうしてわたしの長い一日が、今度こそ終わった。
――――第三部 おしまい――――
これにて第三部終了になります。つづきはなるべく早く!




