89 大反省会 その2
★ 和牛ステーキと羽根つき棒餃子
「豪華すぎて涙出る」
上野隊長がしみじみとした口調で言った。
気持ちは分かる。和牛は、普段行く居酒屋のちっちゃいお肉ではない。
「うまい!これがワギューか!うまいけど1ポンドくらい食いてえもんだ」
たちまちサークルの若い子たちが申し出た。
「ボビー!わたしのあげる!食べてー!」
「オオこりゃすまねえな!きみいくつ?可愛いね」
羽根つき餃子もパリッパリで中身ジューシー。下味もしっかりしててお醤油もいらないくらい。
「おほほほほ」タカコも食べながら頬を押さえている。「そいえば隊長、反省会しなくていいの?」
「反省?」上野隊長は餃子をかじりながら言った。「反省することあるっけ?――あ~そういえばあんたたちの荷物宅配便で送っといたから。配送料は特別に無料にしてあげよう!打ち上げのおカネ浮いたんで~」
「そりゃどーも。トモ君のランドセル代稼げたしよかったっすね!」
隊長は重々しくうなずいた。
「ホント!新刊の印刷代もね。サイファーくん様々だわ」
「ああそうだ」わたしは言った。「だれか根神たちが売ってたアンチサイファー本買いました?」
「ああ、一冊ゲットしといた。てか売り子ひとりも居なくなったからかっぱらってきた。チラッと読んでみたけどひっでえ本だったわよ。あの本だけでナツミさん名誉毀損で告訴できるから。あとで渡す」
「ヨロシクっす」
テーブルには鍋が用意されようとしていた。
これはひとり4000円程度ではゼッタイ無理!
外国勢は牡蠣のあたりでワインに切り替えていた。本当に水みたいに飲んでる。
社長は繰り出されるジョークにカラカラ笑い、吉羽先生はブライアンに熱視線を送っていた。
★ 海鮮寄せ鍋
わたしとタカコは日本酒に切り替えた。せっかくの機会なのでいろいろ試した。
目の前では鍋が着々と全容を現していた。
メイガンが大きな土鍋の中身をしげしげと眺めていた。
「これはなに?ブイヤベース?」
「海鮮鍋みたいっす」わたしはお野菜と一緒に並べられた豊富な魚介類に見蕩れた。「お味噌ベースだから石狩鍋かな?」
「違うよ、鮭が入ってないし……シーフード寄せ鍋ってところか」
「ミソ味なの?」
「口に合いませんか?」
「ニューヨークで食べたミソラーメンは美味しかったわ……でもシーフードと合わせるの?……」
鍋に火が入ったあたりでお料理攻勢は一段落した。みなそれぞれ定位置に収まって会話を弾ませている。
外人卓のほうはカツオのタタキやチーズを追加注文していた。
わたしとタカコは来たるべき鍋に備えて胃を休ませてるのに、やはりあちらは胃袋のサイズが違う。
ふとわたしは思った。メイガンはなんでAチームのテーブルに加わらないのかな?
その視線はサイと巌津和尚に向けられている。
女体化したおかげでサークルメンバーは煙に巻かれ、いつもの騒ぎにならなかったため、サイと巌津和尚は約束どおり長い話し合いをしていた。
メイガンはひと言も聞き漏らすまいとしているようだ。
「つまり賢者協会は、地球人の攻撃性を利用すれば世界王を討伐できると踏んでいるわけか」
「さよう、そしてそれが、地球人にとってイグドラシル世界に復帰する機会になり得る、と」
「楽園に戻りたかったら戦えって?いささか厳しすぎる条件じゃないか?」
巌津和尚はうなずいた。
「大半の人間は寝耳に水でしょう。大昔の御先祖の罪で島流しされたのですし、いまさらここは地獄だから楽園に帰らせてあげようと言われても、到底納得できまい」
「ちょっとおふたかた!」
ずっと黙って聞いていたメイガンが割って入った。サイと和尚が顔を向けた。
「そのお話だけど、何人必要なの?」
和尚が答えた。「多ければ多いほど良い」
サイが言った。
「わたしはデスペランとメイヴの3人でずっとやってきた。世界王討伐のために終焉の大天使協会が集めた魔導傭兵は全部で400人程度だと思う。その10倍から100倍の人数を動員できれば、硬いだろう」
「なんだ、たったそれだけ?」メイガンは拍子抜けした。「アメリカ合衆国だけでも5万人は動員できると思うわ。ローディスト運動はだんだん浸透している。この宇宙のすべてがインチキで神も居ない、という事実を突きつけられるのは多くの人にとって受け容れがたいことだけど、約束の地が実在するのなら、耐えられるはずよ」
「わたしの理解では、それはあなたの国に決定的な分断をもたらす」
メイガンはうなずいた。
「それでも、進歩しなければわたしたちに未来はない。あなたの話では、地球人はこの星に島流しにされて以来二度も文明を崩壊させて、その都度石器時代からやり直してるんでしょう?そして3度目ももうすぐ……」メイガンは曖昧に手を振った。
わたしは隣でサイの肩に寄り添ってるジョーにひっそり尋ねた。
「この会話意味分かります?」
「分かるけど知りたくないね……」
」
「鍋が、できたようです」巌津和尚が厳かに宣言した。
それで、わたしと和尚は立ち上がって鍋をお椀によそった。
そうしているうちに、隣のテーブルから吉羽先生が移ってきた。
女の子に囲まれたですぴーと、巌津和尚をみた。
「ウホッ」吉羽先生が、言った。
ちなみに巌津和尚は作務衣と草履姿だ。坊主頭に手ぬぐいを被り、いっけんテレビに出てくる陶芸家か書道家といった佇まい。やろうと思えばまともな格好もできるようだ。
ですぴーは袖を切ったグレーのTシャツに半ズボン、素足にローファーというラフな格好だ。
(こりゃやべー雰囲気ですわ……)わたしはタラをハフハフしつつ思った。
とはいえある種のレディコミ系シチュエーションではあるので、わたしは固唾をのんで見守った。
タカコも同様だ。
メイガンは(またゲイかよ)という顔で淡々と鍋を味わっていた。
メイガンとサイだけがビールひと筋だ。
ですぴーはスコッチに切り替えてビールをチェイサーにしていた。
巌津和尚は烏龍茶。
吉羽先生はちゃっかりですぴーと巌津和尚のあいだに割り込んでいた。つまりメイガンの隣、わたしの向かい側だ。
吉羽先生は女性版サイをじっと見て、言った。
「あなた……サイファー……?」
サイはうなずいた。
「そうだ」
「この前の変な注文、合点がいったわ」
「おかげでこの姿になっても窮屈な思いをしなくてすんだ、ありがとう」
「なんかよく分かんないけど、今度そのすがた用の衣装作らせてね……で、そちらの大きな人もあなたのお友達なの?」
「デスペラン?そうだよ」
「デスペラン・アンバーだ」ですぴーはすかさず釘を刺した。「俺はストレートだぜ」
「あら残念……して、そちらのお坊さんは?」
「拙僧は真空院巌津と申す」
「巌津サンね」吉羽先生はうっとりとした口調で言った。「今度、あたしと腕相撲しない?」
「ちょっと!」メイガンが叫んだ。「いま大事な話の最中なんです!そういうのはもうちょっと後でやって!」
「そうだ、サイファー!」ですぴーが突然カットグラスをドン! と叩き置いて言った。
「あ?」サイとメイガンが面食らった。
「てめえ、〈魔導律〉をナツミにチューニューしてやがったろ!?」
わたしはつみれを噴きだしかけた。




