77 わたしのいちばん長い日 Ⅵ
サイと空中戦を繰り広げていた相手も、やはりブラックの全身コスチュームを身に纏っていた。
動きが速すぎて細部は判別できないけれどフォルムでかろうじて女性だと分かった。
お互いに螺旋状にグルグル旋回しつつ、突然急接近して刃を交わしていた。
超自然的な光景を目の当たりにした観衆は身の危険を感じたのか、公園の縁あたりまで後退している――が、ちょっと人数が増えてるような。
サイもですぴーもかつてなく接戦しているように見えた。
(敵が強力になってる!?)
――っておたく女子がアタマに浮かべるフレーズじゃないって!
でもたしかに巌津和尚や川越八幡のときより手こずってるように見える。
やばい久しぶりに対処不可能なことに巻き込まれてわたし絶賛困惑中だわ!
わたしを取り囲んだAチームとシャドウなんとかが取っ組み合いを続けていた。
プロレスかボクシングしているように見えたけど、問題はもの凄いスピードで、打撃が当たるたびにバシッと火花みたいのが発生してることだ。
あんなの普通の人に当たったらイチコロだろう。
わたしといえば女の子らしく頭を抱えて身を縮めている。亀みたいに首をすくめてあたりをキョロキョロするばかりだ。
正直なさけない姿だろう。しかも写真バシバシ撮られちゃって。
「ナツミ!」ですぴーが敵の剣を受け止めながら振り返った。
「なんですか!?」
「次の攻撃で一瞬だが隙を作る。敵の攻撃が止まったらこの場から逃げろ!」
「は、はいッ!」
「とりあえず座れ!」
「なんで――」座る理由を聞きかけたけど大変そうだったのでやめた。「はい」
「うぉりゃあ――ッ!!」ですぴーが敵を払いのけて大剣を地面に突き刺した。
すると「ズン!」という地鳴りとともに衝撃波が発生して地面を激しく揺すった。座っていたわたしはコロッと横に転がっただけで済んだけど、ですぴーの半径5メートル以遠にいたシャドウレンジャーは弾き飛ばされた。
「行けッ!」
「はいっ!」
わたしは必死に立ち上がって、視界が開けているところを目指してダッシュした。
靴はあらかじめ脱いでいた。いちばん近い木立まで一気に駆け抜けた。
杉の幹に抱きつくように止まって、振り返って戦いの様子を見た。
わたしのすぐそばには危険も顧みず撮影に夢中のカメコさんが何人か固まってて、逃げてきたわたしを奇妙な生き物でも見るようにチラチラ盗み見ていた。
(なんか浮いてる……)
いろんな意味で悲しい気分だったけど、それどころじゃない!わたしはサイの姿を捜した。まだ空中戦を繰り広げている。
わたしは木立と観衆の間を縫ってサイにできるだけ近寄ろうとした。
余所見をしていたため、誰かに思いきりぶつかってしまった。
「すっすいません!」
「なつみんおひさ~」
「エッ!?」
わたしはギョッとしてぶつかった相手を見上げた。
根神だ……!
汗だくでなぜか息を切らした根神が、わたしを見て薄笑みを浮かべていた。
咄嗟にかれの脇をすり抜けて逃げようとしたけど、二の腕を掴まれてしまった。
「触らないでよ!」
「つれないこと言うなよ~ダチなんだからさあ」
それから根神は肩に付けた機械に語りかけた。
「あ~リンさ~ん、皆の衆、川上さんキャプチャーできたっすけどぉ~」
『よくやったネ、根神!』
無線の声を聞いてわたしは舌打ちした。
「あんたまだリン・シュウリンに協力してるのっ!?」
「仕方ないっしょ、おれ命かかってるしぃ」
そう言う根神の目が、死んでいた。
「リンさんになつみんを引き渡せばおれ、任務終了なんよ~。マジ大変だったんよ――」
わたしは根神の股間を蹴り上げた。
彼は「ギャッ」と引きつった悲鳴を上げて文字通り飛び上がった。
彼の手から解放されたわたしは逃げだそうとしたけれど、頭のうしろになにか重い衝撃を受けて視界に星が散った。
気を失いかけて、気がついたら芝の上に横たわっていた。根神はすぐそばに座って股間を押さえ、身体を前後に揺すっていた。
「コウちゃんになにするのっ!」
(コウちゃん……?)
わたしがぼんやり怒声の主を見上げると、アラフィフの女性が仁王立ちしていた。根神の隣に座っていた例の女性だ……手には2リットルのミネラルウォーターのボトルを握っていた。
「あ……あなただれなの……」
「コウちゃんの母です!」
(なんですって……)
わたしは軽い吐き気を催しながら、なんとか身体を起こした。
根神のママに殴られたらしい。ずっと誰なのか思案してた女性が、なんとママだったとは!
母親を即売会に連れてきたのかよ!?
混乱した頭なりにいろいろと合点がいった。
根神は免許を持ってない。大量の売り物を持ち込むのにママに手伝わせてたのだろう。売り子までさせて……
なんて奴!
「うっせえよ馬鹿!」根神がママに向かって叫んだ。「黙れよ!」
「だってコウちゃん、あんたひどい事されたじゃないの!病院行ったほうが良いんじゃないの?ねっ?」
「もう黙れっつの!」根神が顔を真っ赤にして叫んだ。ちょっと涙ぐんでいたけれど、股間の痛みによるのか恥辱の涙なのか分からなかった。
わたしは酷く居たたまれない気持ちに苛まれて、立ち上がる気力が無くなりかけていた。
頭上でパシャッとシャッター音が聞こえて首を巡らせると、尾藤がスマホをわたしに向けながら喜色満面ではしゃいでいた。
「なつみんすごい良い顔してる~!はいもう一枚!」
パシャ!
びっくんの隣には、露骨に気色悪そうな顔の藍澤さんがいた。
わたしはふたたび敵に囲まれていた。




