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72 わたしのいちばん長い日 Ⅰ


コミケ当日、晴天。


 わたしはサイに掴まって、ビッグサイトまでテレポーテーションしてもらった。

 

 ここで先に断っておこう。

 サイは先月注文した特別な衣装を着ている。身体にピッタリ合ったシャツとズボンは異世界版の闘牛士といった趣だ。派手な上着は暑いから肩にはおってる。

 とってもかっこいいけれど電車に乗るにはちょっとね。

 吉羽先生はかなりきわどい線で攻めてきて、ギリギリ「コスプレ」ではないというレベルの派手さだ。六本木かステージの上だったら違和感ないと思う。

 

 問題はわたしだ。

 サイにまたドレスを仕立ててもらった――仕立てさせられた、というのが実際だけど。

 胸元で二枚の布が合わさった大胆カットのドレス……派手な刺繍は女性的なラインをことさら強調してる。スカート部分はぱっくり割れて歩くと太股が見え見え。背中は編み上げ。

 インナーがなければ裸になった気分であろう……


 わたしは堂々と歩くサイの腕にすがりながらチョコチョコとした足取りでお天道様の下に出た。

 朝8時だけど、地下鉄の駅から逆三角形の建物に至る遊歩道は混雑していた。サイはディーラー入場締めきりすれすれまでわたしに付き合うつもりだ。


 「会場まで入ってしまえば良いんじゃないの?」

 「それはインチキだから、さすがに気が引けるわ」

 「そうか」

 わたしとしては電車を省略できただけでありがたい。

 

 いままであまり注意を払ってなかったけれど、まわりを見渡すとたしかにお洒落してる人がいる。いっけん普段着のようでよく見るとコスプレじゃないか?という向きもちらほら。

 (良かった……これならあまり目立たないか)

 わたしがホッとしたのもつかの間、列に並んで間もなく、背後で声が聞こえた。


 「ね、サイファーくんよ!」


 わたしもサイもその囁き声を聞いた。

 もちろん、わたしは地面に目を落とした。

 サイがわたしの手に指を絡めて、ゆっくりと握った。

 「気にするな」

 わたしは顔を上げてサイの目を見た。

 「ウン……」なんとか笑みを浮かべた。


 列がゆっくり進んでゆくにつれて、わたしたちは両隣まで人に囲まれた。

 サイの存在に気づいた女の子たちの呟きが、さざ波のように広がってゆくのをわたしは感じた。

 「それにしてもサイ、有名になっちゃってるみたいだよ?」

 「デスペランが、なにか面倒な説明をしてたな……中国が積極的に情報を広めてるんだとかなんとか。そうなると情報シャットダウンも難しいらしいよ」

 「残念ね」

 「なあに……もうすぐ終わるさ」

 サイはそう言いつつ、相変わらず背後で囁きあってる女の子たちに振り向いて、笑顔で会釈した。

 「あのー……」

 わたしの隣に立っていた女の子が話しかけてきた。

 「あ、ハイ。なんですか?」

 「これ……」高校生くらいの女の子グループのひとりだった。わたしに一枚のペーパーを差し出した。

 わたしはそれを受け取り、目を通した。

 酷い文言が並んでいた。

 粗いサイの写真と、ひどい顔の女性のイラスト……これはわたしだった。描いた人が誰だか分かってても胸が悪くなる絵だった。

 総じて描いた人間の下劣さが滲み出てくるような紙切れだった。


 「これって……!」

 女の子がうなずいた。

 「さっき、オカマっぽい人が配ってたんです。それって中傷記事、ですよね?」

 「そうですね……」わたしはペーパーをサイに渡した。

 「知らせてくれてありがとう。このビラを撒いてた人、わたしの知ってる人なの。ずっと前から嫌がらせされちゃってて」

 「それじゃあ、やっぱりあなたがサイファーくんのカノジョさんなんですか?」

 「えっとそれは……」

 「そうだよ。かたじけない」横からサイがズバッと言った。

 「いえ!」女の子はびっくりしたように手をパタパタ振った。「素敵なカップルだなぁ……って。わたしたち応援してます!サークルにも寄りますんで、よ、ヨロシクです!」

 「こちらこそよろしく!」

 サイは女の子たちと握手した。驚いたことにわたしも握手を求められた。


 列が進んでわたしたちと女の子グループの距離が離れた。

 サイがわたしの耳元にソッと呟いた。

 「聞いたか?素敵なカップルだって」

 「ウン……」わたしは思いがけない応援に涙ぐみそうになっていた。

 サイはペーパーに目を落とした。

 「ナツミの個人情報が並べられてる。俺をだまして同棲を強要しているってさ」

 「ひどいわ」

 サイはいたたまれない様子で首を振った。

 「読めば読むほど混乱した文章だ。支離滅裂……こんなのを鵜呑みにする人間はいないだろうが、いくつか看過しかねる記述がある」

 「サイのことね?」

 「ああ、藍澤さんやナツミの知り合いには分からないことだ。〈ルーニィディザスター〉との関連も事細かに描かれてるが、半分はでたらめで悪意に満ちている」

 「誰が書いたのか……」

 「ナツミ、油断しないようにね。藍澤さんのほかにあの尾藤ってのと根神まで揃った。今日なにか仕掛けてくるのは間違いない」

 「いやだなあ……みんなの迷惑にならないうちに帰ったほうがいいかな……」

 「落ち度のない俺たちが後退したら、それは奴等の勝利になってしまう」

 「そうだけど……」

 「ナツミ、心細いだろうけど、味方もいる。そのことに目を向けろ」

 わたしはうなずいた。「分かった、そうする」


 「時間だ。俺は先に入るけど、大丈夫か?」

 「大丈夫だよ、サイ。2時間くらいしたらまた会おうね」

 「そろそろ交代が来るはずだが……」

 「交代?」


 ざっ! という鋭い音とともにデスペランさんが現れた。

 

 「よーよー」

 

 周囲がざわついた。「いま……上から降ってきたよね、あの人……」


 「デスペラン、ナツミのエスコート頼むな」

 「あいよ」

 

 サイが消えた。


 周囲がふたたびざわつく。「いま……人が消えたよね……?」


 「みんなー気にすることないぞー」

 デスペランさんが周囲に愛想良く言い渡した。

 今日の彼は黒いタンクトップで胸板を誇張している。ブルーグレーのズボンはビシッと糊のきいた折り目。つま先がとんがったワニ革の靴。

 肩にはハリー軍曹が乗っている。

 デスペランさんが笑顔で会釈すると、周りの人たちは性別に関わらずつられて笑みを浮かべる。

 突然空から降ってきて割り込んでもうひとりがパッと消えた、という事実はあっさり不問に付されたようだ。

 何人かの女性は手を振って嬉しそうに飛び跳ねていた。


 わたしはその様子を眺めながら首をかしげた。


 (こういうのが人間力っていうのか、しら……?)


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