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69 死んだら転生できるかな?

        

 そしてわたしはSUVに轢かれて異世界に転生しました!



 というふうには、もちろん行かなかった。


 なにもかもがスローモーションになった世界で車のフロントグリルがすぐそばまで迫ってくる。

無駄だけどとっさに腕で顔を覆った。


 ところがわたしの身体に乗り上げる寸前、車のフロントがすごい勢いで上に持ち上がった。巨人に捕まれて放り上げられたかのように。

 車はそのままわたしの頭を飛び越えてきれいにバック転すると、反対側の地面にドスンと着地した。


 「へ?」


 わたしは避けがたき末路が訪れなかったことに戸惑っていた。

 車は着地したまま停車していた。


 「わっわたしのせいじゃないから!」

 藍澤さんがひと声叫んでそそくさと立ち去った。わたしはその後ろ姿を眺めながら、まだぼんやりその場に座り込んでいた。


 たぶん一分くらいして、車の運転手がドアを開けて出てきた。

 「だっ大丈夫ですか?」

 わたし同様腰を抜かして車の屋根にもたれている。わたし同様なにが起こったのか分からず困惑しまくっていた。

 わたしはなんとか大丈夫というように片手を持ち上げた。まだ喋れなかった。


 若い男性運転手はなかば取り乱したまま「警察を」とか「救急車」とか言ってたけれど、わたしはその気持ちだけでありがたいですと断って、立ち上がるのだけ手伝ってもらった。 やっぱり病院に行ったほうがとかしきりに訴えられたけど、そのへんの記憶はぼんやりしている。

 いつの間にかフラリとその場をあとにしてた。


 用事も忘れてて、なんとかしっかり歩くことに意識を集中していた。身体じゅうの筋肉がこわばってひょこひょこ歩いてる気がした。

 コンビニに寄って涼しい空気にあたった。

 何度か深呼吸した。まだドキドキが収まらない。

ようやくなにが起こって、なにが起こらなかったのか頭に染みこんできて、わたしはどっと汗を吹き出した。

 床にへたりそうになったけど、なんとかこらえた。

 

 生きてる。わたし生きてる。

 それから、やっと怪我の有無に気が回った。痛いのはおしりとアスファルトに突いた手の平だけだった。

 車に轢かれそうになったのとその後の状況も思い起こした。人の往来はそれなりだったのに意外と大騒ぎにならないものだ。早めに立ち去って良かった。おまわりさんのご厄介になりたい気分ではない。


 アパートに帰って扇風機の前で横になった。動悸がおかしくて体温が上下してる気がした。このまま死んじゃうんじゃないか……そう思いながらしばらくじっとしていた。



 ざっくり言うと藍澤さんに殺されかけたのだけど、まだ不思議と彼女に対する腹立ちは沸かなかった。大雑把な性格のせいかな?



 事態をわたしよりよほど深刻に受け止めた人が、間もなく訪れた。

 アパートのドアがバン!と開いてサイとデスペランさんが部屋に駆け込んできた。

 「ナツミ!」

 わたしは手を振った。

 「大丈夫」

 「大丈夫じゃないだろ!本当に怪我はないか?」

 「大丈夫だってば」

 わたしは身体を起こした。サイがわたしの背中を支えた。

 「すまねえ。俺たちが監視してたのにこのザマだ」

 「え?誰かが魔法でわたしを助けてくれたんじゃないの……?」

 サイとですぴーが顔を見合わせた。

 「いや」ですぴーが言った。「違う」

 背中にサイの手のひらを感じて、わたしはリラックスしていた。

 「それじゃなにが起こったのかしらね」

 「分からない」サイが言った。「とにかく、こういうのは二度と御免だ、デスペラン!」

 「まったく返す言葉もないよ」

 「俺たち、すこし油断してるな。おまえが余計なこと持ち出すからだ」

 「まあな」

 「余計なこと?」

 ですぴーは浴室のほうに顎をしゃくった。

 「あのドアのこと」

 「デスペラン!」

 「仕方ねえだろ!おまえがこっそり「穴」を空けてたんじゃねえか」

 「サイ、デスペランさんにあの異世界ドアのことバレちゃったの?」

 サイはしぶしぶうなずいた。

 「ユリナちゃんと一緒にハリー軍曹を招き入れた時点でバレてた」

 「あ、そっか……」わたしは額をぴしゃりと叩いた。あのネコさんはですぴーの使い魔なのだ。「ぬかった」

 「おいおいおい!」ですぴーが傷ついたような声で言った。「俺を仲間はずれにすんなって!」

  わたしはすこし後ろめたかったけど、サイには通じなかった。

 「米軍とつるんでるうちはダメだ」

ですぴーは涼しい顔で肩をすくめた。

 「ま、しょうがねえか……どうせ帰れないんだしな」

 「帰れる方法はひとつあるかもな」

 「ほう?」

 「ナツミ、立てるか?」

 「ウン……」

 


  わたしたちは例のドアを抜けてラブラブアイランドにいた。

 「なるほどな」

 ですぴーは空の彼方に浮かぶ異世界の蜃気楼を見上げた。

 「バッサリ線引きされてやがる」

 サイはうなずいた。

 「この川は渡れないと思ったのだが、先日あの巌津和尚がここに現れた。ハワイで戦った直後だ。やつは死んで、その魂が俺たちの世界に飛んでいくのを見た。だが、無事辿り着けたのかは分からない」

 「そうかい」ですぴーは顎をこすった。「確かめようは無いな」

 「無い」

 「試しに死んでみる、というわけにはいかねえな」

 「それはさすがに、ちょっと考える」サイはすこしためらってから付け加えた。「ナツミはここでメイヴに会ってるんだ」

 ですぴーがわたしを見た。わたしはうなずいた。

「ハワイで言ってた話だな。なるほど」

「メイヴなら架け橋を作れるかも知れない。じゅうぶんな〈魔導律〉さえあれば」

 「早いとこ、探さねえとな……」


 「サイ?」

 「なに?」

 「思い出したの。タワマンでパウエルさんと話し合いしたときも言ってたよね?この世が地獄かも知れない、みたいなこと」

 「ああ」

 「やっぱり、わたしたち地球人はこの星に閉じ込められてるの?」

 サイはうなずいた。

 「正確に言うと「宇宙空間」と呼ばれてる空虚な世界に、だ。人類の祖先は〈ギルシス〉……凶帝ホスという極めて好ましからざる人物に率いられた残忍な民だった。地球とこの宇宙は彼らを追放するため急遽作り出されたのさ……」

 「でもそれはおかしいよ。人間の前は恐竜が栄えてたんだし……」

 「龍類か。それはバァルにいまでも生息しているよ。ギルシスでは使役獣として飼われていたから、ほかの最低限生きていくのに必要な動植物と一緒に地球に移植されたようだ」

 「恐竜は何千万年も前に絶滅したのよ……」

 「研究者の間違いだと思う。一万二千年前まで生きてたよ、この地球で」

 「なんで、そんなこと分かるの……?」

 「サイファーはこの世界に漂う魂が見えるのさ……どこにも帰れずここでさまよい続ける魂が。俺でもたまに見えるくらいだからな」

 「そうだ。だからこの地球以外に生き物が存在しないことも分かった。地球人が言う宇宙人に近い種族は我々の世界にいる」

 「そう……」

 「ナツミ、ショックか?」

 わたしは首を振った。

 「わたし……サイかここに転移させられた理由を考えてたの。最初は、終焉の大天使協会ってのがあなたに「ルシファー」の役割を演じさせているのかも知れないって思った」

 サイとですぴーがふたたび顔を見合わせた。

 デスペランさんが真面目にうなずいた。

 「妥当な推測だ。俺も薄々そう思ってた」

 「でも違うと思うの。天使たちはあなたに、地球人を元の世界に戻してもらいたがってるんじゃないかな?って……」

 

 サイは黙ってわたしを見つめていた。それから言った。


 「それは……一考に値するかもしれない」


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