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59 ハワイでスローライフ

         

 それからわたしたち二日酔いのゾンビ集団は、着替えてシャワーを浴び、バイキング形式のカフェテリアに案内された。


 トレイを抱えてバイキングテーブルに並ぶと、隣にデスペランさんが現れた。

 「ようねほすけ、おはよう」

 「おはようございます」

 その頃にはわたしは、8時間近く飛行機に乗っていまハワイにいるという事実をようやく受け入れ始めていた。もっともそれで恐慌状態に陥ったのはわたしとタカコだけだ。


 「ハイわたしのジェイミー!」

 おそらく『GOT』のジェイミー・ラニスターのことと思われる。

 「よう社長!たかぴーも、今日も遊ぶぞ!朝飯は控えめにな。外で旨いもん食いまくるんだから」

 「あのー……デスペランさん、わたしパスポート持ってないんですけど……」

 「だからなんだ?ちゃんと出国も入国もできただろ?」

 「ちゃんとって言えるのかなぁ……」

 「心配ねえ!それより女ども!あと1時間以内にメシを食って水着を買ってくるんだ。ビーチに出撃するぞ!」

 わたしがなにか言う前にタカコと社長が元気いっぱい答えた。

 「ハァーイ!」


 わたしは社長に言った。

 「でも早く帰らないと、仕事が……」

 「あんたの雇用主のわたしが有給休暇を許可する。いやぁナツミさんさ、あんたホントに面白いよ!なんでいい男ばっかりあんなに知り合いなんだか」

 「ナツミの会社のしゃちょーさん?」タカコが横から言った。

 「はいそうです~!タカコちゃんでしょ?わたしもデスペラン様のハーレムに入れていただきますからよろしくね~」

 ふたりは両手タッチで盛り上がっていた。

 もう好きにして~。


わたしはどこで両替したら良いのかしばらく迷ったけど、それよりカードの方が得だとタカコが言うので、アメックスで水着代を負担してもらった。

 ただしビキニじゃないとダメとか、なにげにハードル高し。

 まあそもそも、売り場にはセパレートしか見当たらないけれどね……。

 水着の面積についてタカコと揉めたけど、時間がないので妥協した。


 ヒッカム米軍基地には広いスーパーマーケットがあるのだ。

 よく見るとその一角に両替所もあったので、わたしは結局3万円ほどドルに換えた。

 早くもお土産を買う気満々である。



 水着の上に膝丈のショーツとパーカーを羽織り、わたしとサイ、ですぴーとタカコ、それに子猫一匹とAチームほか雑多な一団はクルーザーボートでホノルルに向かった。

 すでに異次元感覚。


 ホノルル埠頭に着くとめっちゃ大胆な服装に落ち着かなかったけれど、ほかのみんなも似たような格好だった。水着にサンダルと帽子だけの格好で歩ってる人が大勢いる。

 男性はタンクトップか上半身裸。そのうちにわたしも慣れてしまった。

 まあ多少挙動がヘンでも市内で突然身分証明書を求められるなんて、ここハワイでも滅多にないわよね。とくにカーキ色のタンクトップにドッグタグをぶら下げた軍人さんと一緒だと。


 わたしは心配するのをやめて楽しむことにした。



 ハワイは一度訪れたことがあるけれど、今回は日本人用のパック旅行とは明らかに趣が違う。

 観光客向けにセッティングされた場所ではなく、地元の人たちが日頃訪れるお店に行く。

 つまり免税店を訪れる機会はないかも……とわたしは悟った。

 でもその代わり、旅行先で味わうアウェイ感はない。


 日本人がほとんどいないビーチで水遊びして、シーサイドバーでカクテルとシュリンプを楽しんだり……食べ物はやたら甘いか塩辛スパイシーかの両極端だけどそれもまたよし。


 海岸通りのフィッシャーマンズパブで休憩しながら、わたしたちは今夜の相談をした。

 「夜はクラブに行くって」

 「それじゃ服を買わねばならんね!」タカコが眼を煌めかせて言った。

 「どうしよ、ホノルルに行く?タクシーだかUberだか呼ばないとかな?」

 社長が言った。

 「いざとなったらあたし国際免許持ってるからレンタカーで」

 「宿泊はどうします?米軍基地は無料で利用できるそうだけど……」

 「そりゃあんた」

 「出会い次第でしょう。うふふ」

 タカコと社長は共謀めいた眼で隣のテーブルに目を遣った。

 地元出身のシャロンがお友達を呼んで盛り上がってる。めっちゃたくましいサモワンの男性とか、ある意味よりどりみどり。

 (あんたがたデスペランハーレムに属してるんじゃないっけ?)

 わたしは思ったけど、面倒くさいので考えるのをやめた。


 単なるオタク女子であるわたしは、とっくの昔に人物相関図的なキャパシティを越えてなにが何だか分からなくなってる。


 それに店内は男性ホルモンとエストロゲンにフェロモンほかむんむん過ぎてわたし「むはーっ」ってカンジよ。


 デスペランさんは地元の男性たちと腕相撲の真っ最中だ。

 さっきちょっと険悪なムードになって……態度のデカい余所者が現れるとそうなるものなのだろう。Aチームの女性陣はわざと煽ってるし。

 行く先々で腕力を示さないといけないって、女のわたしからするとたいそう難儀なことだけど、デスペランさんは嬉々として応じた。

 そしていちばんの大男を勝負で破り、握手して、店の全員にビールを奢った。


 絵に描いたようなマッチョ展開だわ~!

 

 サイも若い衆に絡まれてたけれど、ダーツで勝負しているうちに仲良しになってた。

 それよりもデスペランさんの息子と勝手に思われてるらしいのが、なんだか可笑しい。ふたりは全然似てないのだけど。

 デスペランさんは若い頃の草刈正雄にスティーブ・マクギャレット少佐を足してワルっぽさ3割増しにした感じだし、サイは『クイック&デッド』に出てたときのディカプリオ系だもん。


 そのうちにサイがわたしたちのテーブルに来て、わたしに手を差し伸べた。

 「ナツミ、すこし静かな場所に行こう」

 「あ、うん……!」

 そそくさと立ち上がるわたしを、社長もタカコもヒューヒュー囃し立てた。


 背後で社長がたずねていた。

 「ねえタカちゃんさ、あの子誰夫くんなんだっけ?」

 「エー?.ルシファーですよ彼。例の――」

 

 

 観光地から外れた波止場は人の姿もまばらで、まさに〈サンセットハーバー〉であった。 水面もなにもかもオレンジ色に染められてる。

 わたしは夢みたいな眺めにしばしば見入った。

 サイと手をつないで、岸壁の舳先まで歩いた。

 

 「やっと二人きりになれたね」

 「うん。騒がしすぎるのは好きじゃない」

 サイは立ち止まって、わたしに向き直った。

 「ナツミ、あらためて誕生日おめでとう」

 「ああ、はい」わたしは困惑して髪を撫でた。「ありがとう……」 昨日のことを思い出して、斜め下に視線を落とした。

 そういえば、日付変更線をまたいだのでわたしの誕生日はまだ終わってないのだ。妙な感じである。

 「ほんとうに一歳年が離れるから黙ってたのか?」

 「もう!その話はもういいよ……」

 「分かったよ」サイは笑いながら腰巻きのポーチから小さな革袋を取り出した。「誕生日にはプレゼントを渡すんだと聞いた」

 「えっ」

 「はい」

 サイが差し出した革袋を受け取った。ひもを緩めて袋の中身を手の平に降り出してみて、わたしは息を呑んだ。


 赤い宝石。


 1㎝くらいのハート型にカットされて白金の台座に収まっていた。台座にはやはり白金の鎖が連なっている。

 「これを――」

 「つけてみる?」

 「ン」

 サイはわたしの背後に回って首飾りを掛けてくれた。

 「間に合って良かったよ。あのドレスならもっと似合ったのに、惜しいな」


 「サイ――!」

 

 感極まったわたしは二の句が継げなくて、ただサイを抱きしめた。


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