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52 第1イニング

           

 藍澤ミチカちゃんの攻撃が始まったのは火曜日。

 

 会社から帰宅中、駅に着いたところでスマホが鳴った。発信元を見て、わたしは無警戒で応答した。

 「ママ、なに?」

 「ナツミ……!」ものすごく改まった声。

 わたしは緊張した。

 「さっき電話かかってきたのよ!ナツミ、あんたなにやらかしたの!?未成年と同居してるっていうじゃないの!ホントじゃないわよねっ?」

 「ママ……!ちょっと――」

 「あんた今どこにいるの?悪いけど、あんたのアパート行きますからね!ちゃんと待ってなさい、いいわね?」

「いっいま!?」

 「待ってなさい!」

 通話が切れた。


 たいへんだ。


 ママが「いまから行く」というのはもうアパートの近くまで来てる、という意味だ!


 急いでアパート前の横道に達すると、ちょうど見慣れた軽自動車がアパート前に停車しようとしていた。わたしはダッシュで追いついた。


 運転席の窓から妹が顔を覗かせた。

 「あ、お姉ちゃんだ」

 「や、やあ久しぶり……」

 「お母さん、お姉ちゃん来たよ」

 「分かってるわよ!」


 たぶんバッグをごそごそしたりシートベルト外そうとしてるのだろう。ややあってママが助手席のドアを開けて現れた。


 「ママ」

 ママはつかつか歩み寄ってわたしの両手を掴んだ。

 「ナツミちゃん……あんた、なにしたの?おまわりさんの厄介になるようなことしてしまったの!?」

 「してないでしょ?わたし逮捕されたように見える?」

 わたしはママの拘束から手を引っこ抜いた。

 「見えないけど、だけどあんた未成年とその……」

 「おかーさん、お姉ちゃんがそんな大胆なことする?この人二次元の人だよ?」

 「あんたは黙ってて大事な話なんだから!」

 「ママも落ち着いて……」

 「あらあんたメガネは?」

 「えっ?どうでもいいでしょ今は」

 「ねえナツミちゃん、どうなっちゃったの?二ヶ月も電話ひとつよこさないで」

 「あのさあママ、ご無沙汰で悪かったわ。だからとりあえず別のところで話そ?ホラここアパート専用だから車止められないから、それともわたしが家に行こうか?どうせ近いんだし――あ・ヤバっ」


 サイがアパートの階段を降りてきちゃったのだ!

わたしが手先で必死に戻ってと訴えてもダメだった。だけど彼が挨拶するように片手をあげると、巻物を持っているのが見えた。


 「ナツミのお母様ですか?」

 サイに背後から声をかけられ、ママと妹がサッと振り返った。

 「あらまあ」

 ママはぽかんとしている。

 「……どなた?」

 (どなた、だとぅ!?)


 「はじめまして、サイファーです。ナツミさんと同居してます」

  「は……?」

 ママは素早くわたしとサイを見比べた。まるで豆鉄砲食らった鳩だ。

 

 サイは明らかに、窓から様子をうかがっていたらしい。

 どうやってかすこし大人びた感じにイメチェンしていた。丸襟のボタン付きコットンシャツにウォッシュジーンズ、サンダル……髪をポニーテールに束ねてメガネをかけていた。


 「あー」ママは手をひらひらさせた。「あなた外国のかた?」

 「留学生です。バックパッカーと言ったほうがいいかな」

 「あ、あなたがナツミちゃんと?その、えーと、ど、同せ――」

 「しばらくお世話になっています。そろそろ一度そちらにお伺いしようか、という話はしていましたが、なにぶんその――」サイは苦笑しつつ言葉を濁した。

 ママも釣られて笑っていた。

 「そうね、わかるわ。それにしてもずいぶんと日本語お上手だこと」

 「ナツミさんに教わって」


 妹がいつの間にかわたしの脇に並んでいた。横っ腹を小突かれた。

 「ちょっとお姉ちゃんさ、いつの間にあんなの居候させてたん?」

 「えっと……ゴールデンウィーク前かな」

 「マジそれ!なんかいろいろやばい気がするけどちょっと感心したわ。嫉妬した女子からイタ電来るわけよね!」

 「分かってくれたか妹」

 「ていうか、ママが乙女になってる」

 「そうね」わたしは額に汗した。「マズイ」



 それからわたしたちはバイパス沿いのドーナツショップに場所を移した。


 「改めまして、サイファー・デス・ギャランハルトです」

 「すごいお名前なのね。よろしくね、川上ナツミの母、ミサコと申します」

 「妹のユイでーす。サイファーくんよろしくね~!」妹はテーブルにのりだしてサイと握手した。

 「妹は既婚なの」

 「お姉ちゃん余計なこと言わなくていいよ」

 旦那が聞いたら泣くようなこと言ってるし。

 

 わたしは顔立ちがママに似ているとよく言われる。

 わたしに『花とゆめ』を読ませたのはママだ。小学三年生からそんなのばっか読まされた結果、今のわたしがある。

 二歳年下の妹はそんなわたしを反面教師として立派な一般人となり、21歳で結婚した。

 妹にわたしは少々気後れしていたので、さっさと家を出て一人暮らしを始めた。

 妹は実家の近くに旦那と住んでしょっちゅう出入りしてたから、10㎞も離れてないのにわたしはあまり家に帰らない……お正月とか年に数回だ。


 「あ、わたしちびを迎えに行かなきゃ、ママまた迎えに来るから、1時間くらいで」

 「よろしくね、ユイ。ゆっくりでいいから気をつけて、ママタクシーで帰ってもいいから」

 (おいおい長居するつもりかい!?)

 忘れてたけどママもかつてコミケに行ってたクチだ。結婚してやめたけど……いまだにマンガやアニメに抵抗がない。


 とりあえず、藍澤さんの嫌がらせは失敗に終わったみたい。

 ある意味わたし的に重大な懸念事項が見事な軟着陸を果たしたので、わたしは藍澤さんに感謝したいくらいだった。

 

 けどママがサイファーをとっても気に入ってしまったのは大誤算だわ!



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