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40 対決のとき

   

 わたしは子猫のあとについて歩いた。

 さほど遠くまで歩いたわけじゃない……100メートルも行かず、わたしたちは大きな木の根元にたどり着いた。


 子猫は立ち止まって、わたしに振り返った。

「ニャーオ(ここで待ってな)」


 それで、わたしは彼の傍らに立ち、木の幹に軽く保たれるようにして天を仰いだ。

 (……なんでネコの言いなりになってるわたし?)

 枝振りは霧のせいで見えないけれど、幹の太さは一メートルほど……大木だった。真っ平らな川越にこんな木が立ってたらさぞ目立つはずだけど、覚えはない。


 雷鳴が轟いた。


 「さっ、ネコさん」

 わたしはかがみ込んで、子猫のおなかにそっと手を差しいれて掬い上げた。彼は逃げる素振りもなく、わたしは胸元に抱えて湿った毛皮をなでた。ダウンジャケットのポケットにティッシュがあったので湿り気を拭ってあげると、子猫はプルッと身を震わせた。


 霧に覆われた空がパッと光り、続いて張り裂けるような雷鳴が頭上に轟き渡った。

 わたしもネコもまた空を見上げた。

 雷光が走ると、真っ白な霧の中にのたうつ蛇みたいなのが、一瞬照らし出された。

 

 さすがにわが目を疑った。

 空にいるアレはなんなのよ!?

 どう見てもでっかい龍だぞ!?


 大粒の雨垂れがときおり顔に当たるのも構わず、わたしは空を仰ぎ続けた。

 よくよく観れば二頭の龍がのたうちながら絡み合っている……いや、戦ってるのか、とにかくお互いの首根っこにかぶりつこうとしているように見えた。それがフラッシュのたびにパッと映し出されている。


 くぐもった天鼓と呼応するかのように、念仏が聞こえてきた。



 オン・アボキャ・ハンドマ・ハンシャ・コロダ・カラシャヤ――


 とは言えお葬式の念仏とは似て非なる調子だ。


 ハラベイシャヤ・マカハジャハテイ・エンマ・バロダ――


 ともあれ、それを唱えている人物は間違いなくあの――


 クベイラ・ボラカンマ・ベイシャダラ・ハンドマコラ・サンマヤ・ウン・ウン


「真空院巌津和尚!!」わたしは虚空に向けて叫んだ。「あなたでしょ!?どこにいるのよ!」


 しゃらん 錫杖を振る音がいちど。


 そして、霧の中からお坊さんのシルエットが浮かび上がり、姿がはっきり見えない程度の距離で立ち止まった。


 「はてさて、川上どのとお見受けするが、かような所までいらっしゃるとは、驚いたね」


 「この霧、それに空でのたうち回ってるドラゴンみたいなの!全部あなたの仕業なんですか!?」

 「さよう!」巌津和尚は言った。

 「――しかし総てにあらず。かくも奇々怪々な様相にまで相成ったのは大部分、サイファーくんの力である」

 巌津和尚の表情はうかがえないけれど、声には前にもまして張りがあった。ていうか微妙に喜色がこもってる。

 (この状況に嬉しがってんのかよ!)

 わたしは顔をしかめた。あの人自分で言ってたけど、思った以上にどうしょもない人なのかもしれない。


 「なんだかよく分からない念力でサイを妨害してるのなら、いますぐやめて!」

 「口出し無用!」


 「ミギャーッ!」 これはネコさん。


 「おっと、使い魔の類いまでがまぎれとる」

 「使い魔ですって?」思いがけない言葉にわたしは子猫のおつむを見おろした。かわいい耳がピクピクしてる。


 「おなごに畜生とは、拙僧の苦手なものがそろい踏みですな。その大木様に拙僧がこれ以上近づけぬのも、かの御方の念力か」

 

とびきり激しい雷鳴が頭上で轟いて、わたしは思わずすくみ上がった。

 和尚はひるんだ様子もなく空を見上げている。

「これは、これは」

 

 霧がすこし薄れたのか、10メートルくらい先に立ってる巌津和尚の姿がはっきり見えていた。

 胸元で子猫が素早く身をよじってわたしの手から躍り出ると、そのまま巌津和尚に突進した!


 「ネコさん!」


 巌津和尚が錫杖を水平に持ち替えて身構えた。子猫相手になんと大げさなリアクション――

 子猫が巨大化した。

 真っ黒な虎に変身した子猫が地面を蹴って襲いかかった。錫杖に噛みついて巨大な首のちからで捥ぎ取ってしまった。巌津和尚は腕ごと持って行かれそうになってつんのめったけど、なんとか体勢を立て直した。


 その一瞬の超展開にわたしはもうなにがなんだか……!


子猫(?)は錫杖を咥えたまま、巌津和尚と間合いを取って悠然とのし歩いた。


 「よしよしハリー軍曹、よくやった」

 薄れかけた霧の向こうで男性の声が言った。

 巌津和尚はわたしに背を向けて声のほうに身構えた、


 

 大剣を肩に担いだデスペラン・アンバーが霧の中から現れ、黒い虎の頭を片手で撫でた。


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