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39 不思議のくに カワゴエ


 サイはいますぐここから離れろと言った。


 わたしはその言葉に従って霧の中、なんとか駅にたどり着いた。

 それで分かったのは、電光掲示板の「ただいま全線不通」という事実だった。

 

 (マジですか……)


 駅前のごく小さなロータリーに出ると、ヘッドライトを点した車が数台立ち往生していた。

 (これじゃあバスもタクシーもムリかな)

 そんなことを思ってたそばから「ガシャン」というすごい衝突音が轟いて、わたしはすくみ上がった。

 衝突事故……?だけど全然見えない。これでは助けに行くこともままならないだろう。

 しかしまもなく男性ふたりが激しく罵り合い始め……調子からいって要救助という差し迫った様子でもなさそうだ。

 (これじゃアパートに帰るしかないか……)

 線路沿いの街道を行くのはとてもスリリングのように思えた。こんな調子ではいつ車が歩道に突っ込んでくるか分からない。

 (でも――)

 サイはすぐ離れるよう言ったのだ。

 そうだ、サイはたぶん、たった数㎞離れたデスペランさんの事務所にいる。歩くしかない。ほんの1時間歩けばいいんだ。


 でも頭の隅で巌津和尚の言っていた「結界」という言葉がちらついた。この霧や雷がそうなのではないか?

 (川越市内にたどり着けばどうにかなる!) わたしは根拠不明な信念に従って歩き始めた。



 霧を吸っていると息苦しかった。わたしはダウンの襟元を引き締め、霧を直接吸い込まないように掌で口を覆った。

 衣服もしとっぽくなっていた。

 (霧ってこんなに寒いもんなんだっけ?)

 

  

 道なりに進み続けると、線路沿いを離れて住宅街に迷い込んだ。わたしは「たぶんこっち」と思っていくつか角をまがり、歩き続けた……

 30分もすると、迷子になっているのではないか、という疑問が沸いてきた。いいかげん東武線の線路に突き当たって良いころなのに。

 それに車も人の往来もない。

 (明らかにヘン……だよね?)

 

 それからまた半時間歩いて、わたしはいよいよ道に迷ったらしいと確信しかけていた。そんなバカなことあるか?わたしのアパートから市内までは何の変哲もない住宅地が続いているだけなのに、いまはその住宅地の壁さえも、芝居の書き割りのように単調に、リアリティの欠けたものに変化していた。

 ようやくその壁が途切れ、霧の向こうにバリケードと、雑草におおわれた土塁が見えた。線路だ!わたしは足を速め、バリケードに沿った二車線道路を渡った。

 たしかに線路だった……この向こうは川越市。

 わたしは駅があるはずの左の方に足を向けた。



 まもなく驚くほど近くで踏切の警報が響き始め、霧の先でオレンジ色の光が点滅しているのが見えた。

 わたしは駆け出した。なんとしても遮断機が降りる前に渡らなくちゃ!

 降りかけてる遮断機をかいくぐって線路を渡った。渡ってる最中に線路が単線なのに気付いて(あれ、なんかおかしい?)と思ったけれど、勢いで渡りきってしまった。


 渡りきった先には舗装された道路が無く、雑草がまばらに生えた土の地面があった。

 踏切の音が途絶え、わたしは静かになった線路を振り返った。

 電車はいつまでたってもやってこない……


 それでわたしはどうやら、とってもヤバい一線を踏み越えてしまったらしい、と気付いた。


  

 10メートルほど歩いてみたけど、土の地面が続いている。ところどころ水たまりでぬかるんでいたので、昼まで降っていた雨のせいだろうと思った。ということは、少なくとも川越のはずだけど……


 「いったい、ここはどこなの?」あまりにも不安で思わず声に出していた。

 すると、驚いたことにレスポンスがあった。


 ニャァ


猫の鳴き声が聞こえて、わたしはハッとした。あたりの地面を見回したが、相変わらず霧で数メートル先が見えない。わたしは息を潜めて、また聞こえてこないか待った。


 ニャーオ


 鳴き声が聞こえた方向に首を巡らせ、目をこらした。

 「ネコ~、おーい、ネコさ~ん?」わたしはそちらに歩きながら呼びかけた。

 黒い小さな姿が視界を横切った。

 わたしは追いかけたい衝動を抑えて、その場にしゃがんだ。

 「ネーコさん、おいで~」

 

真っ白な霧の帳から、子猫が悠然とした足取りで現れた。赤い首輪を付けた黒猫だ。まっすぐこちらに向かって歩いてくる。わたしは不気味さ半分、生き物に会えた安堵半分で子猫を見つめた。 

 彼はわたしの手前にちょこんと座り込んで「にゃお」と鳴いた。

 「ハイ、ネコさん」

 わたしは片手をゆっくり差し出した。子猫は立ち上がってわたしの手のにおいを嗅ぎ、小さな舌でペロッとなめた。

 「ホラ、いいこいいこ」

 わたしは首筋に指を当てて軽く掻いた。子猫は眼を細めて掌に顔をスリスリしてくる。見たところやっぱり雄ネコのようだけど、残念ながら首輪に彼の名前は記されていないようだ。


 それから子猫は不意に顔を上げると、くるっときびすを返して歩き出した。わたしは立ち上がった。

 ネコさんは立ち止まってわたしのほうに首を巡らせた。


 「ぼくについてきな!」 と言ってるように思えた。


 我ながら頭がどうかしたかな、と思いながら、わたしはネコに従って歩き始めた。

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