34 シュールな訪問者
サイファーはお鍋に喜んだ、が……
「ああ、こういうの楽しいなあ、旅の野宿でよくごった煮をつついたものだ――」
おおう!ダイレクトシュートをゴールに蹴り込んだわね!
「あっごめん!思い出させて――」
「いや、おれのほうこそ、ナツミが元気くれようとしてるのに」
「わたしたち、ちょっとナーバスになってるよね……」わたしはぐつぐつ煮えてる鍋をお玉でかき回すと、アクをすくい取って宣言した。
「さっ食べよ!」
わたしたちはおなかいっぱい食べて、小さな満足感にひたった。
「そうだ、ナツミ。今日学校で手紙をもらった」
「なに?保護者通知?」
「いや、ラブレターというのだ」
わたしは急須を取り落としそうになった。
サイはごく真面目な顔でわたしを見ている……が、そのうちに人の悪い笑みを浮かべた。
「もう!意地の悪いヤツ!」
「しかも男子から」
「ウホ!」
「ウホ?」
わたしは手をひらひらさせた。「気にしないで」
「真面目に対応すべきかな?」
「からかわれてるのかガチなのか分からないねえ……それにしても初のラブレターが男子?いまの学校がどうなってるのか知らないけど……」
「女子からは2通もらったよ。告白も一回。スマホでやたら撮影されたし」
「あっそう……」わたしは必要以上に冷ややかな声になってたかもしれない。
「そんな調子だと遊びに誘われてるんじゃないの?」
「難しいんだ。断ったら断り続けないと、特定の誰かだけってのはとてもマズイという雰囲気で。もっとも日本語は片言だけってことにしてるから、あまり会話しなくて済む」
サイの話を聞きながらわたしは平穏な気持ちで、お茶を飲んだ。
学校の友達を連れてきたなんて展開になったらどうしよう?と気を揉んでたから。
我ながら狭量なことだと思うけど。
でもサイはお友達づきあいを充実させるつもりはないようだ。精神年齢アラフォーだから高校生相手は辛いわよね、きっと。
そろそろお風呂にしようか、という時間にピンポンが鳴った。
「今頃だれかな」
わたしが立ち上がりかけると、サイが手で制した。
「おれが出る」
わたしはサイのうしろについて玄関に向かった。
サイはドアチェーンをかけてそっと押し開けた。
「どなた?」
「ここは川上さんのお宅でしょうかあ?」
なんだか快活な男性の声が答えた。ドアの隙間から垣間見えたその人は、お坊さんだった。背が高く、見たところ30歳くらいか。お遍路か托鉢でもしそうな姿で竹の笠をかぶっていた。
「そうです」
「どうも」笠をすこし差し上げて言った。「拙僧、お山のほうから参りました、こちらに住んでおられるサイファーという御方に用事がありますので、戸を開けてもらえませんでしょうか?」
「なぜおれを知っているのか教えてくれたら、あるいは」
「それはすこし込み入った事情がありますが、まあ仕方ないでしょう。リン・シュウリンという女性をご存じか?」
サイはわたしを振り返った。
「あの中国人?」
「だな……」
サイはお坊さんに向き直った。
「一度会ったことがある。それで?」
「そのお人が、突如わたしらの元に現れたのです。庭のお池にね。ひと月ほど前の出来事でした。リン・シュウリンさんはたいへん取り乱しておりましたが、並々ならぬ邪気を纏っておられていた……彼女の心根ではなく、身体にね。わたしらはそれが世の理を外れた念力によるものと断じた次第」
「なるほど」
「幸い、リン・シュウリンは平静を取り戻しましたが、わたしらは彼女の支離滅裂と思われる訴えに幾ばくか、検証されねばならぬ事柄を見いだしまして、こうして遠路伺いに参った次第」
「遠路はるばるご苦労様。しかしおれはそれに一切関わりたくないのだ。放って置いてもらおう」
「ふーむ」お坊さんは気分を害した様子もなく、ただがっしりした顎に手を添えただけだった。「これは失礼したとこの場を辞退すべき所ですが、あなた、いささか看過しがたい邪気を纏っていなさるようだ」
「邪気とは言いがかりだ」サイは言った。「それにおれのが邪気というなら、あんたが放つそれはなんなのだ?」
お坊さんはしばし黙り込んだ。
「――これはこれは」お坊さんは徐々に笑みを広げた。「これはこれは、驚いた」
「ここの住人があんたのような〈ちから〉を体得できるとは思わなかったよ。余程因果を踏み外ずさなければ無理だと思う。警告しておくが、いますぐやめないとあんた人間でいられなくなるよ」
「やはりいちど退散いたしましょう――しかし」お坊さんの眼光が鋭さを増した。「いずれまた」
「名前ぐらい名乗っていただこうか」
「真空院巌津和尚。以後お見知りおきを」
わたしはお坊さんが立ち去ってドアが閉まるのを見ながら戦慄した。
(さいごの最後にめっちゃうそくさい名前名乗った……)




