30 魔法の代償
消えた。
まるでイリュージョンみたいに、人間二人が音もなく、フッと消え去った。
「アイヤー」リンが驚愕していた。
残った黒服の男10人あまりもたじろいでいた。
サイファーくんは剣先をまっすぐ向けながら歩いてきた。輪を作っていた男たちが後じさって途を空けた。
「中国人民解放軍情報部のリン・シュウリン。おれの大事なひとに狼藉を働いた報いを受けるがいい」
「ま、待って……!ワタシはアナタの魔法に興味があるネ!大人しく従ってくれたら悪いコトしないヨ!」
サイファーくんがまた剣を振るうと、黒服の男全員が消滅した。
「はああああ」リンは恐慌状態に陥っていた。「消えた!みんな!殺したの!?」
「どうなったのかおまえも身をもって試すがいい」
「やめて!まだ死にたくない――」
サイファーくんは躊躇せず短剣を振るった。
そして誰もいなくなった。
わたしと根神とサイファーくん以外。
「終わった~!?」
……それとタカコ。
「サイファーくん……」わたしは安堵のあまりよろめきかけた。彼がすかさずわたしの体を抱え込んだ。
「もう大丈夫だよ」
「みんな消しちゃったけど……まさか」
「ああ、たぶん100㎞ほど山のほうに飛んでったと思うよ。当然の報いだ」
「そうなんだ……」
「逃げんなよ根神!」
背後でタカコが叫んだ。根神先輩は逃走しようとしていた。
「わりぃ!おれ忙しいから帰るわ!言っとくけどなにも見てないから!全部忘れたから!」
「ふざけんなよあんた!ストーキングで訴えるからね!」
根神先輩は背中に罵倒を浴びながらそそくさと立ち去った。
「俺たちも消えよう。そろそろ警察とやらが来るだろう」
「うん……」かつてないくらいサイファーくんの顔が接近した状態で、わたしは心地よく弛緩していた。このまま目を瞑ったら、なにかおこるかも――
「ン?」
「ナツミ?」
「この匂い……」
「エッ?」
「タカコの、匂いがする」
「あ~……」サイファーくんは頬を指先で掻きながら目をそらした。
なにその反応!
そのときタカコがわたしたちに抱きついてきた。
「ナツミ~!」
「タカコ、心配したんだからね、どこ行ってたのよう」
「あたしだってあんたが囲まれて銃まで向けられてどうしようって心配したんだから!」
とにかく、わたしたちはこの場からさっさと立ち退くことで意見が一致した。
もう遊ぶような気持ちではなくなってたから、自然と駅に向かっていた。さっきの出来事が嘘のようにいつもの川越に戻っていた。
「解散するまえにどこかでご飯食べる?」
タカコは首を振った。
「しばらく食欲ないわ~」
「誰か迎えに来てもらうまでうちにいなよ。心配だから」
「あ、それは大丈夫、もう手配されてるから」
「エッ?そうなの」
タカコの言うとおり、川越市駅前にたどり着くと、見覚えのあるブラックのアメ車が待っていた。
「アレって……」
ドアが開いてデスペランさんが降り立った。
「ハアイ!あなたがデスペラン・アンバー?」
タカコはまるで宝くじに当たったように目を輝かせていた。
「ヘロー、きみが電話してきたタカコ?会えてうれしいよ」
「あたしもよ!」
「デスペラン、おまえがタカコさんを送り届けてくれるのか?」
「任せろよ。さっお嬢さん」助手席のドアを開けてタカコを招き入れた。
デスペランさんのアメ車が騒々しく走り去ると、取り残されたわたしたちは口数も少なく、電車に乗って家路についた。
アパートに帰ると、わたしは改まった態度でサイファーくんに向きあった。
「それで、なんでサイファーくんタカコの香水が移ってたのかしら?」
「それをずっと気にしていたのか?」
「そりゃそうよ……」
サイファーくんは決まり悪げにそっぽを向いた。頭を掻いて、困った様子だ。
「エ~……これは魔導律と関係がある」
なんで話がそっちに行く!?わたしは思わず叫びそうになるのを抑えてうなずいた。
「じつはおととい、デスペランから魔導律を回復する簡単な方法を教わったのだ。おれはナツミを助けようと焦ってたから、その方法を試すしかなかった……」
「そ、その方法って……」
「それは女性と、そのつまり」
サイファーくんは両手人差し指をツンツンさせながら、神妙な顔でわたしを見た。
わたしはおなかに重いしこりを感じながら語を引き継いだ。
「……つまり、エッチ、なコト、するって意味?」




