28 罠にはまる
サイファーくんとの生活が始まって一週間。思い描いたスローライフはいまだ叶わず。
小江戸川越に出掛けたわたしたちは根神先輩にストーキングされてることに気付いて、逆に追い詰めようとして罠をしかけたのだけど……
わたしは一度も振り返ることなく、川越八幡にとって返した。一直線に鳥居をくぐった。
なんだか忘れ物探しに来たみたいでカッコ悪いけど、どうせ誰もわたしなんか見てない……
というか人がいない。
境内もどこにも人の姿がない。わたしはしばし人の姿を探してあたりをキョロキョロした。たまたま人の流れが途切れただけなのか……だけどなにか妙な直感で八幡さまから人が居なくなったと気付いたのだ。
(これってなんかマズイんじゃないの……?)
呑気なわたしでも焦燥感がじんわり沸き起こってきた。思わず引き返そうとして鳥居のほうに振り返ると、何台もの黒い車が通せんぼするように斜め駐車していた。
(なになにこれもっとヤバいやつじゃないの!?)
黒いセダンから黒服がぞろぞろ降りてくるに至って、わたしはついに悟った。
(しまった!罠だ!!)
「プっ」 突然ヘンな笑いがこみ上げてきてわたしは口を覆った。
(なにが「しまった罠だ」だよ!)発作的な笑いが止められなくなっておなかを震わせた。(マンガじゃないんだからさ!)
そういうわけで一分後には、黒服の男たちに囲まれてひとり笑いをこらえるわたし、というシュールな構図が出来上がってしまった。
まわりの住宅の人が見てないことを祈りたい。
まあ正直、このときわたしはデスペランさんのお仲間が現れたのじゃないか、ぐらいに見当を付けていたのだ。
よく見ればサングラスで黒服の男たちは全員日本人に見えるのだけど。黒い車はレクサスだしね。むかし友達の車を見て「すごーいベンツかぁ」って言ったら「いやレクサスだけど」って冷ややかに改定されて恥かいたから、特定の車は分かるのよ。フロントの真ん中に「レ」って書いてあるし。
それはともかくわたしピンチに陥ってるのかしら?
タカコとサイファーくんはどこにいるのよ!?
そしてあいつ――根神もどこ行ったのか!?
後半の疑問はすぐに解消された。黒服の女が根神先輩の首根っこを掴んで引っ立ててきたからだ。
「ちょっ!リンさんやめてくださいってば――ワッ」
黒服の女は無造作な手つきで根神先輩を黒服の輪に放りだした。彼はつんのめってわたしの前に無様に倒れ込んだ。
正直言ってどう見ても年下の女性にあんな粗末な扱いされるなんてカッコ悪すぎる。
また笑いがこみ上げてきた。
その女――リンさんと呼ばれた人がわたしを見据えた。男たち同様黒いスーツにネクタイとタイトスカート、しゃれた短めのカットの髪型でいかにも「出来る女」という感じだ。美人だし。
「ずいぶんヨユーね、アナタ」
なんとなく中国人的なイントネーションの日本語で言われ、わたしはもう堪えきれなくて噴き出してしまった。
「なにがおかしいネ?」
わたしは口を押さえ、涙目で頷くしかなかった。女は舌打ちした。
「なにがおかしいネ!?」
「いえべつに」わたしは押さえた口からなんとか言葉をひねり出した。「なにも、おかしくないですぅふふふふ」
「ふざけるじゃないネ!」
リンさんだかなんだかが懐から拳銃を取り出してわたしに向け、わたしの笑いの発作がピタリとやんだ。
「ちょっ……そんなの向けないでくださいよ!」
「ワタシの言うこと聞かないと鉛玉ぶち込むヨ!アンタと一緒の男どこ行ったネ!?」
「サイファーくん?わたしが聞きたいくらいなんですけど」
「しらばっくれるのダメ」
わたしは突然、猛烈に腹が立った。
「あんたねえ!誰だか知らないけれどそんなもの向ければ誰も思い通りになるとでも思ってるんですか!?ここ埼玉県なんですからね!」
「うるさい!訳分からないこと言うのイイから早く答え――」
「うるさいのはあんたよこのインチキ中国人!もういい加減アタマにきたわ!なんでどいつもこいつもわたしたちのことほっといてくれないのよおっ!」
わたしは勢い余ってリンに詰め寄りかけたんだけど、彼女がおもむろに拳銃を地面に向けて2発撃ったので立ち止まらざるをえなかった。弾丸は相変わらず地面に尻餅をついてる根神先輩の両脇の地面に突き刺さり、彼は「ヒッ!」と悲鳴を上げて赤ちゃんみたいな姿勢で縮こまった。
(実弾かよ……)
またしてもマンガちっくなフレーズが頭に浮かんで、わたしは三度笑いの発作がこみ上げた。