26 日曜日は勇者様と冒険の旅
六日のあいだ働き
七日目もまた同じ
また厩の掃除を忘れるべからず ――陸軍聖書
「パンケーキ食いたい」
サイファーくんがわたしを壁に追い詰める。
「蜂蜜とバターをのせて」
わたしは素早くなんども頷いた。「うん、いいよ!ホットプレートで焼こうか!?ね?」
「ああそれより」サイファーくんは据わった目でわたしを金縛りにしつつ、悪戯を思いついたように薄笑いを浮かべた。
「カリッカリのベーコンをのせようか……それからハニーマスタードをたっぷり注ぐんだ。すごい旨いぜ!」
わたしは壁ドンどころかのしかかるように追い詰められて、へたり込んでいた。
「べっベーコンにハニーマスタードですかぁ?」わたし半泣き状態。「分かりましたぁ……ガンバって用意しますぅ」
「ナツミ――」
「うん?あ?」
わたしは目を瞬き覚醒した。体を起こしながら枕元のメガネを探った。
「……タカコ、なに?」
「あんたうなされてたよ、だいじょぶ?」
「えーそうだった?なんか漠然とヘンな夢見てたような……」わたしは途方に暮れてあたりを見回した。サイファーくんはいない……ということは六時半くらい?
わたしはまたばったり寝転がった。
「二度寝?あたしも」タカコも横たわった。
「でももうすぐサイファーくん帰ってくるからね~」
「やだ、そしたらお姉さんがたの寝姿見られちゃうね!」なぜかウキウキした口調。
「もう見られたけどね~」
「そういえばそっか。あたし眠り浅いほうなんだけど、気配なんか全然無かったなあ……」
「――ところでタカコ、パンケーキにベーコンのせてハニーマスタードかけるってどう思う?」
「なによいきなり」
「いや……なんか突然思いついた」
「アメリカなんかだとわりとフツーじゃない?あたしドラマで見たことある。カロリー的にやばいと思うけど……」タカコは腕を組んで指二本を頬に当て首をかしげた。「……でもちょっと美味しそうだな」
朝食はケーキだった。
どう考えても昼は小江戸川越で外食だから食べるチャンスは今しかない、とタカコが主張したから。……けどお昼もデザート取るんじゃないの?
まあパンケーキと変わらないはず……よね。わたしなかば涙目で、チーズケーキとイチゴショートというハイカロリーな朝食に胸焼けしつつ、紅茶で流し込んだわ。ケーキバイキングなら余裕のはずなのになぜなのか?
サイファーくんは不思議そうに眺めながらトーストをかじっている。さすがに付き合わせるのは気の毒だから。
二個残したから夜に食べてと言われたけれど、サイファーくんに頑張ってもらうしかない。
高い雲が一面たちこめていた。雨が降りそうでもないが、おこた撤去を後悔する程度に寒かった。
町をぶらつくのは久しぶりなので、わたしは勇気を奮い起こしてキラーアイテムを着用した。ぴっちりニットの長袖シャツ……襟ぐり深め!どうだ中学生!
とはいえ肌寒いので、上着を羽織って出掛けた。
川越市まではたった二駅。隣の川越から歩いてもいいくらいの距離だ。小江戸は歩いて10分程度。
西武線駅前ロータリーの端からがらりと下町の雰囲気になる。
下北沢ほど雑然と立て込んでなくて、ゆったりしている。
すぐに蔵造りの街並みになって、時の鐘が見える。レトロと呼ぶのはやや軽薄。江戸時代にワープ、というのもちょっと違う気がする。わたしが小学生の頃、テレビドラマの舞台となった。
わたしたちはお店に立ち寄ったりして、のんびり歩いた。タカコはさつまいもスイーツに挑戦したがってたけれど、まだ朝のケーキが腹筋に引っかかってるので断念させた。
まあ~することなんて川越八幡で御朱印をいただいたり、ありきたりなものですよ。サイファーくんは興味深げにいろいろ眺めていたけれど、日本の普通の男子だったらあくびしてたに違いない。
漬物の店でお夕飯の付け合わせを物色していると、サイファーくんがわたしに肩を寄せて囁いた。
「ナツミ……振り向くな。ちょっと離れた通りの向かいにあの根神という人がいる」
「エッ!?」もちろんわたしは振り向きかけたけど、サイファーくんが指先でわたしの頬を押さえた。
(あっ……)
ほっぺ、触られちゃった。
わたしはどぎまぎしつつ頬をなでつつ、言った。
「ほっ本当にいるの?」
サイファーくんが頷いた。「ちょっと前からうしろをつけていた。あの人がこの辺に住んでないなら……」
「ううん、かれ草加に住んでるから……ずいぶん遠くよ」
「どうする?」
「そうだなあ」わたしは急いで考えた。「ちょっと様子見しよう」
そろそろ投稿期間が不定期になりそうです(汗)