24 タカコ襲来
土曜日は何事もなく過ぎ去りました♪ なんてことはなかった!
十時頃スマホの呼び出し。
「ハイ」
『ナツミ、今いる?』
「タカコ……なんの用?」
『いま川越だから、もうすぐそっち行くわ』
「エッなんだよいきなり!もう川越って……?」
『ほんじやゃね~あと三〇分くらいで着くんでよろしくー』
それで切れた。
「ったくよ~」わたしはスマホを放り出してため息をついた。昨日の一件でくたびれてるのに……思わずテーブルに突っ伏した。
テーブルの向こうで両腕を床について座っていたサイファーくんが言った。
「タカコさんが来るのかな?」
わたしはテーブルに頭を着けたまま首を巡らせた。
「うん、なんにも言わず川越まで来ちゃって……わたしが居なかったらどうする気だったんだか」
――と言っても、わたしがタカコや伊藤さんとつるまないと滅多に遠出しないことは、よく知られてるわけだが。
それにしても世田谷の大きな家に住んでるタカコが、わたしのアパートを訪れることなど年に一度もない。
目的はハッキリしていた。
きっかり三〇分経つとドアの向こうが慌ただしい気配になって、呼び鈴が鳴った。
鍵は開けていたので、わたしが迎える間もなくドアが開いてタカコが入ってきた。勝手知ったる様子で上がり込んできた。
「タカコー、いきなりなんだからも~」
「サイファーくん!」貴子はサイファーくんの前にペタッと座り込んで両手を取った。つないだ腕をなんども腕を振りつつわたしに顔を向ける。「それとナツミ、こんちわ」
「まずそっちなの」
「これ買ってきたからあとで食べよ」テーブルに置いた白い箱をわたしに差し出した。ケーキのようだが六個くらい入ってそうだ。
「ありがと……もうすぐお昼だけど、お茶入れようか?」
「そうだなあ、お昼は宅配ピザ頼も。あたし半分払うからさ」
「あんたん家じゃ食べさせてくんないんだっけ?」
「そうなのよ~ママがピザ食べるのにナイフとフォーク使うようなひとだから。箱に収まったでっかいの手掴みで食べるなんて駄目ってさ。やーねもう」
わたしはケーキを冷蔵庫に入れた。玄関にタカコが置いたキャリーケースに気付いて、わたしは尋ねた。
「ずいぶん荷物持ってきてない?」
「あっそれ、お泊まり会だから」
「おっ!」わたしは早足でタカコの前に戻った。「今日泊まっていく気!?」
「イエース」
「こんな狭いところで……?」
「お構いなく。雑魚寝でじゅうぶん」
「雑魚寝って……!ま、まあいいわ」
妙なことになった。
「ふたりで決めて」わたしはピザのメニューをテーブルに置いた。
「ハーフ&ハーフMサイズ二枚くらいいるかな~。サイファーくんなに味が良い?」
「テリヤキはあまり好きじゃない。それ以外ならなんでも」
「な~んだ残念~。辛いのは平気?」
「それは好きだ」
「んじゃハラペーニョと……トリプルチーズは当然。それから……」
わたしがピザの注文をしているあいだに、タカコはHDビデオのリモコンを操作して録画番組の【ロードオブザリング】を再生し始めた。
「サイファーくんは普段なにしてるの?」
「図書館行ったり、散歩や運動したりかな……」
「テレビとか観ないの?」
「たまに観るけど」
サイファーくんが来てからわたしのライフスタイルは変化し続けている。テレビはあまり観なくなった。もともと点けっぱなしにしてただけだけど、わたしとサイファーくんの世界に余計なノイズは入れたくなかったからだ。映画は夜、夕食後に一本観る。
【ロードオブザリング】みたいなファンタジーは、努めて避けていたのだけど。
ピザが届いたので、わたしはお皿とグラスを用意した。チケットでコーラも届いたから、冷蔵庫から午後ティーのペットボトルを出した。
「烏龍茶のほうが良かったかな」
「これでいいんじゃない?さっ食べよ食べよ」
わたしたちはテーブルを囲んでしばらくむしゃむしゃした。
画面ではガンダルフが指輪をつついている。
ハラペーニョのツンとくる辛さが思ったより本格的だったので、わたしは紅茶に手を伸ばした。
タカコが言った。
「サイファーくんどう思う?」
「なんですか?」
「この映画ってあなたがいた世界に似てる?」
わたしは紅茶を噴いた。