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22 神の左


 サングラスの男が「ワーッ!」と叫びながら地面に落ちると同時に、血相を変えたサイファーくんがわたしの両肩を掴んだ。

 「ナツミ!大丈夫か!?なにもされてないか!?」

 「えっうん平気」わたしはサイファーくんと男が落ちた手すりのほうをなんども見比べた。

 「泣いてるじゃないか!」

 「でももう平気だから。それよりあのひと――」

 「心配する必要なんかない――」サイファーくんがそう言ったそばから、あの男がさっき落っこちた手すりの上に躍り上がった。ジャンプ……したらしい。

 「――ほらな?」

 「てめえいきなりなにしやがる!」男は袖で顎を拭いつつ叫んだ。細い手すりにしゃがんで難なくバランスを取っていた。いっけんして黒服が汚れたほかはノーダメージ。

 もうなにが何だか。


 男は踊り場にさっと降りると、シャツの蹴り痕を芝居気たっぷりに払った。

 「久しぶりの再会だってのにご挨拶じゃねえか」

 サイファーくんは鼻で笑った「ナツミを脅した罰だ」

 「相変わらず、女の味方かね」

 男はサングラスを取ってサイファーくんと対峙した。


 「デスペラン」

 「サイファー」


 確認し合うようにお互いの名を呼んだ。身長差25センチにもかかわらず、サイファーくんが気後れする様子は、ない。

 「おまえも地球に飛ばされてたのか。ここ、カワゴエに」

 「い~や、俺はアメリカ合衆国というふざけた国に転生したのだ。アメリカ、知ってるか?」

 「知らないね」

 「とにかく、おまえさんの画像を見つけた俺はそこらじゅう探し回ったよ。こんな極東くんだりまで出掛ける羽目になるとは思わんかったが」

 「そうか、ご苦労だな。用が無いなら帰ってくれ」

 「まあそう言うな!おまえと俺の仲だろうが」

 「知るかよ」サイファーくんはそう言い捨てて踊り場の端に置いていたビニールの買い物袋を拾うと、わたしの手を取った。

 「さっナツミ、戻ろう」

 「待てって!おまえどうせ魔導律(マギュア)カラッポなんだろ?俺は回復方法知ってるんだがな」

 サイファーくんはちらっとだけ振り返ったけれど、わたしを引っ張って家に上がってしまった。


 

 わたしたちはテーブルについて、お茶の支度をした。

 「ねえ、サイファーくん、いいの?上がってもらったら……?」

 「ほって置いて構わない。あの服装を見たろ?金がかかった服だ。路頭に迷っているふうじゃない」

 「けどさ……」


 ピンポーン


 「……まだいるみたい」

 

『おーい、サイファー?』


 「知り合いなんでしょ?その、元の世界っていうの?お仲間だった人なんじゃないの?」

 「そうだが……」


 ピンポーン ピンポーン


 「いい加減近所迷惑なんだけど。とりあえず入ってもらおう?」

 サイファーくんは渋い顔だったけど、嫌そうに頷いた。ため息交じりに立ち上がると、玄関に向かった。ドアを開けた。

 「入っていいよ」

 「すまねえな」

 「靴は脱げ」

 「エッマジか」


 男はサイファーくんに付いてのし歩いてきた。誰に断るでもなく、わたしの前にあぐらをかいて座り込んだ。

 座ってても大きな体だ。高い額に薄い眉、細くすがめた眼は青緑色。年齢は三十代後半かもうちょっと上くらい?日焼けしているのか地黒なのか、濃いひげの剃り跡ともどもワイルドな感じ。

 「さっきは悪かったなお嬢さん、俺はデスペラン・アンバー。コイツの古いダチだ」

 「はあ……」わたしは正座して、とりあえず会釈した。「わたしは……知ってるんですよね?」

 「まあな、悪いがいろいろ調べさせてもらった」

 「そうですか……」

 「おまえ」サイファーくんが言った。「アメリカって言ったな?いつからこちらにいたんだ?」

 「あ?そうだな……こっちの暦で言うと、一年くらい前かな」

 「一年だと?おまえがやられたのは10日前くらいだぞ?」

 「へえ?そうだとすると時間の流れが違うってこったな。これは新発見」

 「おまえだけか?」

 デスペランさんは首を振った。「わかんねえ。NSAの捜査網に引っかかったのはおまえさんだけだ」

 「NSAとはなんだ?」

 「国家安全保障局とかなんとか。アメリカのスパイ機関みてえなもんだ。あの国はすげえんだよ。この世界中監視してやがる。それで俺が飛ばされた先があの国のエリートの家でよ。俺のこと天使だと思い込んで、いたく手篤いもてなしを受けたもんよ」

 「ずいぶん楽しんだようだ」

 デスペランさんは肩をすくめた。

 「仕方あるまい?しくじって死んだと思ったらこんなとこに飛ばされちまったんだ。おまえがやり遂げてたら元に戻れると踏んでたんだけどよう。それが、このざまだ!」

 サイファーくんはわずかに肩を落として俯いた。

 「……すまん」

 「いいんだよ!おかげでじっくり命の洗濯できたし。それより聞け、サイファー・デス・ギャランハルト。おまえならこんなちっぽけな世界、制覇できるぞ」


 わたしはその言葉に目を丸くして、サイファーくんの横顔をみた。デスペランさんの言葉にとくに驚いた様子もなく、無関心な様子だ。


 「興味ない」

 「だろうな。でも知ってるか?この世界にはキリスト教って宗教があってな。そのホーリーバイブルという経典におまえさんにピッタリ合致するやつがいるんだ」


 わたしはさらに目を見張って、デスペランさんをみた。彼は続けた。


 「そいつはルシファーという。魔王だ」


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