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サイファーくんとの生活も丸一週間が経過した。
人間、一週間もたてばどんな状況にも慣れてしまうものらしい。
気温が上昇したので、わたしはこたつ布団を畳んで電気カーペットだけ残した。これもじきにしまうでしょうけど。
一週間も同居していたら、どうしたってガードを下げざるを得ない。おとといは、お姉さん下着姿を見られてしまった……彼は基本的に紳士なのですぐに謝ったけど、ま、実際は「あ、失礼」とごく冷静に対処されちゃった。
ラッキーHに遭遇した思春期の男の子のようではない……
それでわたしは大いなる疑念を胸に抱いている。
(女として見られてなくない?)
まあ確かに、年齢倍近いお姉さんだわよ?
男ってたいてい十代が好きだけどさ……でも中学生ってアレでしょ?箸が転がるだけでカチンコチンになる年頃――ってちょっとちゃうか?
月曜日に彼を図書館に連れて行くと、さっそく入り浸るようになった。午前中は家事手伝いで、午後に出掛けて、夕方に帰ってくる。平日のあいだにそんな感じのローテーションが確立した。
なので午後は比較的のびのび出来る。わたしは大の字に寝転がって考えた。
(なんでサイファーくんは私の親戚、なんて紹介しちゃったかな)
常識的とは言え……悔やんでも悔やみきれない失態であった。
分かってる、分かってる。わたしが見せびらかしたのがいけないのよ。つまんない嘘までついて。
いっそ「彼、異世界から来たの。わたしが保護者に指定されたの。だから誰も触っちゃ駄目」って言えばよかったんだ。それでもどうにかなったんじゃないの?
通報されて病院に送られたかもしんないけどさぁ。
そうやって再就職のこともろくに考えずくよくよしていたのだけど……さすがに飽きた。
金曜日……とりあえず一週間乗り切った!それでいいじゃないか!
わたしはさっと上半身を起こし、次いでぴょんと立ち上がった。
「よっし!」
さーてもうすぐサイファーくんも帰ってくるから、お姉さんもシャキッとしとかないとね!なんだかんだ言ってサイファーくんが居るとうれしいんだし――
ピンポーン
呼び鈴が鳴って、わたしはサッと緊張した。
こんな時間に誰か来るなんてたいがいろくな要件ではない。良くて通販だけど注文した記憶もないので、新聞屋さんかシューキョーか。
「はーい」
わたしは渋々ドアに向かい、戸口を開け、呆然とした。
もの凄く背の高い男性が、視界いっぱい立ちはだかっていた。
全身黒尽くめで白シャツという、どこからどう見てもMIB。撫でつけたやや長めの黒髪にサングラス……そのサングラスが、わたしをまっすぐ見下ろしていた。
「――あ~と……?」
「あんた、川上ナツミだね?」
「は・ハイ」
男は上着の懐からスマホを取り出すと、わたしに画面を向けた。
「彼、知ってるよね?」
画面にはサイファーくんが写っていた。
明らかに、この前の即売会で撮られた画像だ。わたしの背筋に冷たいものが走った。
動悸が速まる。
「えと、あの……」
「分かってんだよ、あんたこの少年と同居しているでしょう?」
わたしは額に汗した。
体が小刻みに震えて止められない。この酷いばつの悪さは何年ぶりだろう?サングラスを直視できなくて地面を見た。
「彼はどこなんだい?居るのかね?」
声はどこか遠くからこだましているようだった。水中にいるように世界が揺らめいて、まるで現実感がない。
「どうなんだ?」男の声が一段高圧的になった。
「は、ハイ……」
「なにが「ハイ」なんだ?」
「で、ですから、サイファーくんは――」名前を言ったとたん涙があふれた。
「サイファー・デス・ギャランハルトだ!どこにいるのか言え!」
「ここだッ‼」
横から響いた声にわたしとサングラスの男は振り返った。その男の胸にサイファーくんの両足跳び蹴りが炸裂して、派手に弾き飛ばされた男は踊り場の手すりを越えて地上に落下した。




