20 未知への誘い
……それに、瞳にお星様を宿して、煌めいている。
(えっまさか!?)わたしは、耳まで真っ赤になった根神先輩を呆然と見据えた。(この人…………ガチ?)
「もうな~んかつまんな~い‼」びっくんが機嫌悪そうに素っ頓狂な声を上げた。そのまま足早に立ち去って、雑踏に消えた
「エ~……」
伊藤さんがたったいま起こった出来事をまとめようとしたが、断念したようだ。その代わりに言った。
「サイファーくんおなか空いたでしょ。お昼食べに行こう!」
「ちょっ先輩ずるいっすよ!」
「そうね!悪いけど店番よろしく!わたしら席外す」
こうして、わたしたち年長組は特権を駆使してランチに出掛けた。
少し歩いて、いつも利用するファミレスでランチとなった。
「サイファーくんのお昼代はお姉さんが奢ってあげるからね!なんでも好きなもの頼んじゃって!」伊藤さんが宣言した。本がたくさん売れたので太っ腹だ。
「それじゃわたしドリンクバー代持ちま~す」コピー誌が完売したタカコも言い添えた。
ちょっと助かる。
サイファーくんはクラブハウスサンドをチョイスしたけど、伊藤さんがさらにオニオングラタンスープを勧めた。
サイファーくんはタカコと一緒にドリンクバーに向かい、五分くらい帰ってこなかった。
わたしもBLTサンドにして、つけ合わせのフライドポテトの大半をサイファーくんに譲った。
「サイファーくん、すごく落ち着いてるよねえ。おっさんたちびびってたよ?」
「ああ……」サイファーくんはわずかに苦笑いした。
「淑女に対する礼を失した発言が目に余ったもので、やんわり止して頂こうと思いました。遺恨を残すようなことがなければ良いのだが」
「レディー!」伊藤さんが両手を頬に当てて叫んだ。「やだわ、サイファーくんたら、ホホホ」
マジで喜んでるご様子。ちなみにこの人旦那と幼稚園の子供います。
「遺恨だなんて気にしなくて良いからね!あたしたちもちょっと目障りに感じてたからさ」
「びっくん相手でも優しくしなくて良いから」
「びっくん……というのはあの……痩せてる人ですか?」
「うん、尾藤っていう名前なんだけど、あたしたちはびっくんて呼んでるの。あいつも面倒くさいやつでさ~。普段は陽気なお兄ちゃんなんだけど、すっごいナルシストなのよ」
「ナルシスト、とは?」
「エ~なんて言ったらいいかしら、自己中心的?自己愛過多というか……」
サイファーくんは合点がいったようだ。頷いた。「ああなるほど、そういう人」
「自称ホモなくせにあの会場で唯一サイファーくんに魅了されてなかったもん。自分大好きだから」
伊藤さんの言葉にわたしは驚いた。
「え?けっこうはしゃいで見えましたけど……」
「ああ、アレこそいつもの調子よ!あわよくば自分にはべらせようってだけ。あいつは基本、自分のことしか考えてないし、さっきのアレでもうサイファーくんはなびかないって悟ったから、とっとと立ち去ったの」
「なーる」
さすが年長者の知恵だ。
でも、みんな根神先輩のアレには気付いていないらしい。
ホッとしたような複雑なような……わたしは胸騒ぎを覚えた。気のせいなら良いんだけれど、いずれ厄介なことになりそ~な――
一時間して会場に戻ると、残してきたメンバーにブーブー文句を言われた。結局サイファーくんは二度目のランチを付き合う羽目となり……
根神先輩は三時前に粛々と撤退準備を始めて、「んじゃ」と素っ気ない一言で帰ってしまった。仲間と飲みに行く可能性がなくなったため、閉幕まで居たくなかったのだろう……わたしたちの「反省会「という名のどんちゃん騒ぎ)」に誘われることはないと知ってるから。
本はほとんどなくなり、わたしたちは狭い会場をうろついては知り合いと駄弁る、マッタリした時間を過ごした。立ち止まった先々でスマホのサイファーくんの画像を見せられてあれこれ詮索された。
(やっぱり、連れてきたのは時期尚早であったか……!)
わたしは内心後悔していた。
なにか得体の知れない不安……コントロールできない領域に陥ってしまった、という気持ちが、収まらなかった。