195 聖夜
サイは男の子の姿で、水面に立っていた。
「サイ……!」
わたしはよろよろと立ち上がった。
サイの身体は半透明で縁がかすかにきらめいていた。
会いに来てくれてわたしは嬉しかったけれど、どうして現れたのか、とても不安でもあった。
「ナツミ……いろいろ伝えたくて、天使どもに協力させたよ」
「うん」
「まず、俺たちは勝ったよ」
「世界王を倒せたのね?」
「ああ、奴は待ち構えてて、すぐ戦いになった。だけど俺たちは奴の軍勢を圧倒した」
「それじゃあ、もう軍隊を送る必要ないのね?移住を始めて良いんだよね?」
「そうだ、みんなに伝えてほしい」
「うん」わたしは涙ぐんでしまった。「うん……伝えるから……」
「それと、ナツミには謝らないと……」
「謝るって、なにを?」
「きみを置き去りにしてしまった……」
わたしは涙を拭って、サイを見た。
「あのあとメイヴが教えてくれたのだ。きみはポータルを通れないって」
「メイヴさん気づいてたんだ……」
サイはうなずいた。
「ナツミが気を遣って教えなかったと。俺が知ったら戦いに集中できないから」
わたしはこくりと頷いた。
「サイが地球に残るって言い出したら、みんな困るもんね」
「ナツミ……」
サイは桟橋の縁に腰を降ろして、わたしもその隣に座った。
触れたい……だけどそれはかなわない。
「ナツミにはもうひとつ伝えないと」
「なにを?」
「じつはね、世界王との戦いで俺、張り切りすぎたようなんだ」
わたしはただサイの横顔を見つめた。
「――だからもう人間には戻れないかも」
「サイ……!精霊になってしまうの?」
「いずれ、そうなるしかないようだ」
「それじゃ」わたしはへんな泣き笑いの表情だったと思う。「たぶんわたしたち、お相子かな?」
サイはしばらく水面に目を落としていたけれど、やがてうなずいて、言った。
「ナツミ、ずっと待ってるからね」
「うん」
「おかげで俺たちにはいくらでも時間がある。ナツミがこちらに来たらずっといっしょに暮らそう――だけどナツミには地球で幸せになってほしいんだ」
「サイ……」
「いつか再会するまで、ナツミにはナツミらしく過ごしてほしい……内にこもったりなにか我慢したりしてはいけない。幸せでいてくれなきゃ……」
わたしはすすり上げながら、なんとか返事した。
「サイと幸せに過ごしたいなら、まず幸せにならなきゃってことね……すごく、難しそうだけど、がんばってみる……」
「それでこそ、俺の大好きなナツミだ」
サイは立ち上がった。
わたしも立ち上がって、サイと向き合った。
「ナツミ、いいね?イグドラシル世界は俺たち知性体の精霊によって形作られている。世界はわたしたちの意識に宿るのだ……それは宇宙のような無味乾燥な物ではない。精霊たちはそうして世界を広げてきた。俺たちもそうしよう」
「分かった……素敵な世界を作りたかったら、精一杯幸せに過ごさないとね」
「うん……」
サイは一歩しりぞいて、片手をあげた。
「しばしお別れだ……」
「サイ、また会いましょう!」
わたしは片手を振って、サイの姿が消えるまで見送り続けた。
わたしがこたつで目を覚ますと、もう朝の九時を過ぎていた。
泣いていたようで、まだ目元が潤んでたけれど、心は晴れやかだった。
「ハ~」とひと息ついて、ティッシュを一枚とって涙を拭った。
それからスマホに手を伸ばしてタカコに電話した。
『ナツミ、おはよ』
「ねえ、こんどの冬コミは結局開催されるんだっけ?」
『うん、中止しないみたいだよ』
「よかった。それじゃあわたしも参加する」
『本当!?分かった上野隊長に伝えとくわ、よかった~』
「それじゃ当日、お台場でね!」
スマホを切ったわたしは、まともな生活に戻るべくこたつから立ち上がった。




