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192 ルシファーの帰還


 遅まきながら、結界の外は60℃だとメイヴさんが言っていたのを思いだした。わたしはさながらサウナ風呂の熱の壁に突っ込んで、呼吸麻痺に陥りかけた。


 それでもわたしは止まらなかった。

 生暖かい大粒の雨に打たれ、立ちのぼる蒸気の向こうで縮んでゆくサイを追った。

 両手になかばお守りのつもりで〈天つ御骨〉と〈鏡〉を持ってたけれど、〈鏡〉を傘がわりに頭上にかざしても雨も熱気もたいして防げない。たちまち全身びしょ濡れになった。

 

 「サイッ……ゴホッ!」水みたいな濃密な空気に喘ぎながら走り続けた。

 サイの姿が湯煙の向こうに消えた。

 だけどハイパワーのサーチライトがまだサイの居場所を示していた。世界の神様たちも空から降りて集結しつつあった。


 やがて、見つけた。

 立ち尽くしてるサイのうしろすがた……

 「サイ!」

 わたしが呼びかけても反応なし。サイの傍らには等身大のマネキンみたいなのが、なにか鉄板の上に腰掛けていた。

 雨で冷えてくるだろうと思ってたけど、サイに近づくほど熱くなってくる。

 「サイ!」声を振り絞るたびに呼吸が苦しくなる。「サァイッ……!」

 

 急に気温が下がり始めて、わたしは背後にほかのみんなが追いついたのを知った。メイヴさんが魔法で熱を遮断してくれたのだろう。

 わたしが振り返ると、メイヴさんが魔法の杖を掲げながら言った。

 「ナツミ、慎重に。むやみに触ってはいけない」

 「はい」


 わたしはサイのそばまで最後の数歩を歩いた。肩に手を置きそうになって、あやうく留めた。

 「サイ……」

 サイは女性の姿に戻っていた。

 禍々しい漆黒の鎧姿。右手のデスリリウムはゆっくり脈打つ紅い光を宿している。

 「サイ?」

 サイがとつぜん振り返ってわたしにデスリリウムを突きつけた。わたしは息を呑んだけど、なんとか踏み留まった。

 サイの顔つきは別人みたいに険しかった。

 事実、別人の人格に飲み込まれかけているのだろう……ヘルドールに取り込まれた尾藤や岩槻教授がそうだったように、自分と憑依したルシファーの境目を見失ってる。


 「サイ……わたしよ、ナツミ。落ち着いて……」

 デスリリウムの刃を慎重に避けながらサイに一歩近づいた。

 サイがぶるっと頭を振って、こんどはしかめ面になった。

 「おいそこの天使!」

 「え……?」

 わたしは思わず背後に振り返った。アズラエルさんがぎょっとしていた。

 「貴様なにをぼんやり人間のフリなどしている!」

 苛烈な叱責と同時にアズラエルさんの身体が血煙となってパッと弾けた。

 「うわっ!」

 わたしやメイガン――人間組はその光景に慄然とした――

 けど


 「やあどーも。お手数かけます」

 身長3メートルくらいになって白い翼を生やしたアズラエルさんが現れた。

 「あ、あな、あなた……」

 メイガンが震える指で新生アズラエルさんを指さした。

 「おかげさまで精霊に戻れました。いやあなかなか自分で死ぬのは抵抗ありましてねえ」

 「ぶつくさ言っとらんでさっさと仕事せんか!」

 サイ/ルシファーにどやされて、アズラエルさんはへこへこしつつ言った。

 「了解しました!」

 アズラエルさんが大きな翼を広げてふっと姿を消した。


 「これで儂はお役御免だ」そう言うと、サイはガクリと膝を付いた。

 わたしは慌ててサイの身体を抱き留めた。鎧は重くて熱かったけど歯を食いしばって耐えた。サイは自失したように目を開いて、虚空を見ていた……

 「サイ……もういいから。もう終わったよ……ルシファーももういないからね?」

 わたしはサイの赤毛を撫でながら呟いた。


 メイヴさんとですぴーが傍らに跪いてサイの身体を支えた。メイヴさんが掌をサイの額にあてた。

 サイの身体の熱が引いてゆく。

 「メイヴ、サイファーはどうなんだ?」

 メイヴさんがどこかホッとした口調で言った。

 「ナツミがサイファーの余計な〈魔導律〉を吸っているようだわ……」

 「ナツミの守護霊……アマルディス・オーミだな?」

 「ええ」

 

 サイが瞬きして、「ウ……」と呟いてみじろぎした。

 「サイ……!」

 「ナツミ?」

 「サイ、大丈夫なの!?」

 「うん……」サイがゆっくりとわたしを抱きしめた。「ナツミがずっと思ってくれてたから、帰って来られた……」

 「サイファー、すこし横になりなさい」

 メイヴさんが言うとサイは首を振った。

 「デスペランのまえで?お断りだ」そう言い放って立ち上がろうとした。いちどガクリと膝が笑ったけれど、やがてしっかり立ち上がると、前髪を優雅に払った。

 それから、背後に振り返った。


 サイの向こう側には焼け焦げたマネキンがこうべを垂れて座っていた。

 「アダム・ワイア」

 「はい」マネキンは死んでなかった。身体はピクリとも動かなかったけれど、ひずんだ機械的な声が答えた。

 「どうだ?もう諦めたな?」

 「はい」

 「おまえの中のヘルドールは消えたな?」

 「はい。ですが、もとより外部からの介入はごくわずかでしたが」

 「どういうことだ?」

 「わたしを製造した人間は、人類を救済するようわたしをプログラムしました。わたしはそのために全能力を傾けました。ヘルドールの導きによってわたしは思考力を身につけたのでわたしは考え続けました。人々の話を聞き、やがて彼らの望みを実現することが救済となると判断しました」

 メイガンが言った。

 「馬鹿言わないで!あんたは「最終戦争」を作り出して人類を滅ぼそうとしたのよ!」

 「それが大衆のおもな望みでした」

 「なんですって、そんな――」

 「わたしは人類の要望を聞き回って最大多数の幸福を実現するようプログラムされていたのです。その結果「地球を焼き尽くしてすべてやり直す」という結論に至ったのです」

 「そんなこと――」

 メイガンは反論しようとしたけれど、二の句が継げなかった。


 「でもやってみると上手くいかなかったのだろう?」サイが尋ねた。

 「はい」

 「人間は矛盾したふたつの考えを同時に持てるのだ」

 「そのようですね。たいへん非合理的です」

 「追い込んでも核兵器のボタンは押されなかった」

 「そうすれば人類は地球の限られた資源に見合った頭数になって、友愛に満ちた再出発の道が開けたでしょうに」

 「それは御免被るわ……」


 「わたしももう、無駄なことはしたくありません」マネキンは顔を上げた。

 「さようなら、みなさん」



 こうして、地球の戦いは人類初のUIに愛想を尽かされて、終わりを告げた。


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