187 渦中へ真っ逆さま
炎は何百メートルも離れたわたしたちまで熱が伝わってくるほど激しく燃えさかり、魔神の巨体を錬成しているようだった……前の不定型なモンスターと違う人間型。いかにも硬そうな金属光沢の鎧を纏っている。
炎の中からふたつの青い光が飛び立って、ポータルのアーチの頂上に降り立った。
サイとですぴーだった。
巨大化したヘルドールの姿を見て呆然とするわたしたちの前に、魔法の絨毯が降りてきた。ジョーが乗っていた。
「みんな、無事のようね?」
「まあぼちぼち」ボブが答えた。
ジョーは魔神を振り返った。
「あれ、ボスキャラ?」
「そうらしい」
ジョーは肩をすくめた。もうどーでもいいや、という感じで。
「とりあえず制空権は守りきったけど……」
「ご苦労さん」メイガンが言った。「だけど、もうそういう軍事的セオリーは意味なさそうだわ……」
「なんとなくそうだと思った……絨毯部隊は上空で警戒中だけど、どうする?」
メイガンは首を振った。
「ネットワークも無線もあてにならない。悪いけれどもうひとっ飛びして絨毯部隊に現状維持を通達して。緊急時の合図は決めてあるわね?」
「ああ、信号弾で突撃って」
「よろしく」
「まって!」わたしはよく考えもせず叫んでいた。「わたしも乗せてください!」
「え?ナツミ――」
「お願い!どうしてもサイのそばに行かなくちゃならないの!」
ジョーがメイガンを見た。メイガンは首を横に振ったけれど、メイヴさんが言った。
「ナツミのお願いを聞いてあげて」
「仕方ないな……」
「それじゃわたしも行く」アルファが言った。「ここにいても暇だし」
「僕も連れてってください」アズラエルさんまでが名乗りを上げた。
「それだったら僕も護衛役として同行しなければ」鮫島さんまで。
「ああもう!いいよ、とっとと乗りな!」
そんなわけでわたしたち五人、魔法の絨毯に乗って空に飛び立った。
ジョーは絨毯を急上昇させて、上空を旋回している仲間に合流した。
高度千メートルあまり。こんな高さでも真っ平らな地面はどこまでも続いていた。
その中心ではポータルのアーチがだいぶ弱まった炎に照らし出されていた。
魔神がそのサイズに相応しい槍みたいなものを振り回していた。遠すぎて見えないけれどサイとですぴーが攻撃しているのだ。
ジョーがポータルの周りを一周するように絨毯を操り、ほかの絨毯部隊に口頭で指示を伝えている。
わたしは四つん這いで絨毯からできるだけ身を乗り出して、サイたちの戦いを見守った。
サイはまだ巨大化しないのかしら?
あんな大きな相手、人間サイズのまま戦っても埒があかないと思うんだけれど……
「ナツミ、あたしのほうの要件は完了した。どう飛べばいい?」
「あいつになるべく接近できませんか?」
「近づいてどうする?」
「ヘルドールはわたしが目当てなんです。あいつの気をちょっとでも散らせばサイたちに有利かもしれない!」
「マジか……」ジョーはにやっと笑った。「あたしゃ兵隊だからね、どんな無謀な指示でも命令には従っちゃうよ……サメジマ一尉!グリーンの信号弾一発よろしく!」
「了解だ!」
鮫島さんが空に向けて信号弾を放った。同時にジョーが絨毯を急旋回させて、スピードを上げた。
わたしたちはたぶんジェット戦闘機みたいなスピードで、アーチに向かって急降下した。
自分で言っといてなんだけど、近づきすぎじゃありませんか?という勢いでアーチの真上をかすめ飛んだ。
魔神がまっすぐわたしたちを見上げてる。やっぱりわたしをロックオンしてるんだ。
「来た来たキターッ!」
ジョーが叫びながら絨毯を急上昇させた。何本もの触手がわたしたちに向かってぶっ飛んできたのだ。
絨毯は激しいジグザグ飛行で、ときには背面飛行までして触手をかわしつづけた。鮫島さんとアルファが手からビームみたいのを放って触手を攻撃した。
わたしたちに続いて、何百枚もの絨毯が四方から魔神に襲いかかっていた。
ジョーが絨毯をループコースターみたいに宙返りさせて、「もういっちょ行くぞー!」と叫んだ。わたしは絨毯に乗りたい、と言ったことを後悔していた。
こんどはさらに本数を増した触手が待ち受けていた。
ジョーは絨毯を急旋回させて触手の壁をかわし、またかわしてー
「くそっ!」
わたしたちの動きを読んでどんどん先回りしてくる触手が、ついに進路の真ん前を通せんぼしたのだ。
最悪の結末に息を呑むわたしたちの前で、触手が真っ二つに千切れた。
そしてですぴーがわたしたちの絨毯のうえにストンと降り立った。
「ボス!」
「危なかったな……だがおかげでひと息着けるぜ」
そう言いながら大剣を振った。剣先から猛烈な雷光がほとばしって触手を二本粉砕してみせた。よく見るとですぴーの大剣は〈天つ御骨〉と融合しているようだ。
「ナツミ、丁度よかった」
「なに?」
「いまいちど、おまえさんのちからが入り用だ……〈鏡〉は持ってるな?」
「は、はい!」
「よっしゃ!そいつは強力な盾なのだ。念を込めて掲げ持てばヘルドールもおいそれと手が出ないはず」
「そ、そうだったの?」
「ああ、なんせ龍翅族の身体の一部だからな。ヘルドールと互角の魔導律を持ってる」
本当にそうなのかな……相手はいろいろ失ったけど生きてる龍翅族。わたしは骨一本と〈鏡〉しかない。
「それじゃボス、どうすればいいの?」
「もう一度接近したら俺たちは飛び降りる。そのあとはAチームとシャドウレンジャーに支援するよう言ってくれ」
「コピー、ボス。気をつけて!」」
飛び降りる「俺たち」にはわたしも含まれてるらしい。
「僕も連れてってくださいね~」アズラエルさんが横から言った。
ですぴーは胡散臭げにアズラエルさんを見たけれど、仕方なさげにアルファに顔を向けた。アルファも仕方なさそうにうなずいた。
「分かった、わたしが運ぶ」
「ナツミさんは僕が」鮫島さんが言った。
「よし、俺の合図で行くぞ!」
絨毯が旋回して、わたしたちはまたアーチに向かって急降下した。
わたしは鮫島さんにおんぶされて、両手で〈鏡〉を掲げ持った。
(アマルディス・オーミさん!わたしたちを助けて!)
「いまだ!行くぜ!」ですぴーが叫んだ。
わたしたちは絨毯から一斉に飛び出した。




