186 終末は遠くない
いつの間にか、
わたしたちは、核戦争の瀬戸際に立たされているらしい。
そんな馬鹿な。
「デスペランッ!」メイヴさんが叫んで、わたしは我に返った。
ですぴーが戦っていたあたりに眼を戻すと、黒い人だかり、というか人間が山になってのしかかっていて、ですぴーの姿が完全に隠れていた。
「ですぴー……!」
ほとんどドーム状に膨れ上がっていた人の山にフラッシュの亀裂が走って、何十人ものゾンビがぜんぶ弾き飛ばされた。
「うが――ッ!」
ずいぶん離れてるのにですぴーの怒りの咆吼がここまで聞こえた。
「てめえらまとめてぶっ飛ばしたるわ!」
「どうやら元気そうね」メイヴさんがクールな口調に戻って言った。
ですぴーとサイの戦いの場は徐々に合体しつつあった……というか、サイの相手がどんどん増殖しているのだ。
「ゾンビ化した人間を吸収している……」メイガンが言うとメイヴさんがうなずいた。
「〈魔導律〉不足を物理的に補おうとしているのよ。質量をどんどん増して戦闘力を高めようとしてる」
「なんてこと」メイガンは苦しげに言った。
「奴はたぶん世界初の意識を持った人工知能なのに。アダム・ワイアを作った男はイグドラシル世界に対抗するためキリスト教のドグマを徹底的にプログラミングしたはずなのに――」
メイガンは地面に力なく座り込んでうなだれた。「それが怪物になってしまった……」
しかも大勢の信者をゾンビ化したうえに、喰っている。
「どんな教義であれ、こうと決意した個人的な悪意のまえには無力だわ」メイヴさんが言った。
メイガンはうなだれたままうなずいた。泣いてるのだろう。たぶんわたしのような日本人にはピンと来ない何かで悲しんでいる……かける言葉もなかった。
足元の地面が小刻みに揺れているのを感じて、わたしは背後を振り返った。
「なにか来るよ……?」
メイガンがのろのろ立ち上がって言った。
「戦車だわ」
ライトもなにも点いてないからよく見えなかったけれど、まもなく、戦車の大群がこちらに押し寄せてくるのが見えた。
「救援隊?」
「違う……」メイガンは望遠鏡を覗きながら言った。「あれはぜんぶ無人だわ!対戦者ヘリもいる……!」
それで、わたしたちは戦車の進路から慌てて逃げ出さなければならなかった。
わたしは、戦車ってもっとガタガタのっそり動くもんだと思ってたんだけど、どうやら古すぎる認識だったようだ。薄茶色の角張った戦車の群はもの凄いスピードで迫ってくる。時速70㎞は出てたろう。
さいわい戦車はわたしたちを追いかけては来ない。
――いやさいわいと言って良いのか……戦車と、騒々しいヘリコプターはぜんぶサイに向かっていた。
戦車の群はスピードを落とすことなく、サイとヘルドールが対決している渦中にまっすぐ突っ込んだ。
続いてヘリコプターも突っ込んで大爆発した。
「サッ……サイッ!」
轟音とともに巨大なオレンジ色の火炎と黒煙が巻き上がった。
「ああ……」こんどはわたしがひざまずく番だった。
紅蓮の炎を背景にして動く人影が見えた。カエル跳びでこっちに向かってくる……
Aチームとシャドウレンジャーだった。
ひとりは両脇を仲間に担がれていた。あっという間にわたしたちの側まで来ると、ボブとシャロンが傷ついたブライアンを地面に横たえた。
メイヴさんがその傍らに跪いて治療を始めた。
残りのみんなも無傷とは言えない。
「いや~、もう俺たちの出る幕じゃねえや……」煤だらけの顔のボブが言った。額に血がにじんでいた。
みんな怪我して疲れ切ってたけれど、わたしは聞かざるを得なかった。
「サイとですぴーはまだあの中にいるの?」
「いる」シャロンが言った。「健在だけど、ちからは拮抗してるな……」
ボブがメイガンに尋ねていた。
「あの戦車のバンザイアタックはなんだったんだ?」
「ヘルドールがちからを得るために質量を増大させてるそうよ……魔導律を減少させてるのと、奴の頭脳がもう電子ネットワークの中にしか存在しないから、物理的な強化しか思いつかないのかも……」
「なるほど……あの炎の中で物質変換でもしてるってか?」
「魔法ほどエレガントじゃないけど堅実だわね」シャロンが言った。
「メイガン中尉」鮫島さんが言った。「軍用ネットワークが寸断されるまえ、ここ以外でも戦闘が起こっているようだったのだが」
メイガンがしぶしぶといった様子でうなずいた。
「宇宙でハイパワーが戦ってる……相手は中国とロシアの戦闘衛星に……ミサイル」
「ミサイルって……核か?」
「ええ……それにニホン、サンイン地方で戦闘が始まってる。おそらくヘルドールに乗っ取られた中国艦艇と」
「くそっ……」
シャロンがハッと顔を上げて言った。
「アダム・ワイア――ヘルドールは戦域拡大を狙ってるのね。奴は最終戦争を作り出そうとしているんだ……」
「たぶんそうよ。核弾頭がアメリカ大陸に向かって殺到してる。大統領が報復攻撃を決断したら、奴の狙い通りになる」
「したら、あたしらどうすりゃ良いのよ……」
「サイファーとディーの勝利を信じて」メイガンがみずからに言い聞かせるように言った。「そして政府の偉い人達が我慢してくれるのを、願うしかない」
アーチのほうからバリバリ、ガーン!という鋭い破裂音が響き渡った。
わたしは思わず首をすくめて、燃えさかる炎に顔を向けた。
炎の中から黒い影が立ち上がっている。
100メートルあるアーチと変わらない高さにそびえていた。
治癒魔法で復活したブライアンが、身体を起こしつつ言った。
「ぶったまげたな。俺が寝てるあいだに何がどうしたんだ?」
「また魔神出現よ」シャロンが言った。「今回は決勝戦」




