185 真夜中の狂宴
「デスペラン、貴様……」
「デイビス中将、残念だぜ、あんたと部下何人か、いつの間にか取り込まれてやがった」
「なにを言ってるんだ、わしは――」
デイビス中将はちぎれた自分の右腕を見おろして、困惑していた。
「わしは、どうなってる?」
「魔に取り込まれたんだよ。気分はどうだい?」
「気分は――」デイビス中将は躁病的な笑顔になった。「爽快だ……!」
そう叫ぶなり、残った片腕をわたしに向けて思いきり振り上げた。
デイビス中将のこぶしはまるでロケットパンチのようにわたしに向かって飛んできたけれど、見えない壁に当たって「ドン!」と音を立ててトマトのようにひしゃげた。
メイヴさんの結界に阻まれたらしい。
「で、デスペラン、米軍兵士も奴に取り込まれてるというの!?」メイガンが言った。
ですぴーはうなずいた。
「ヘルドールの兵隊どもを追撃したら不意打ちに遭ってな。第1師団の上のほうの指揮官が取り込まれちまってたよ……さいわい戦車も銃も役立たずにしたから、奴らは肉弾戦以外なにもできなかったがな」
メイヴさんがデイビス中将から目を離さず尋ねた。
「それでデスペラン、そいつらを片付けたので救援に駆けつけたの?」
「いや?おまえらがピンチだから中断して駆けつけたんだが?」
「――だからわたしたちは包囲されてるのね!?」
どうやらメイヴさんの言った通りだ。
周囲の闇に無数の赤い光が浮かんでいた。
人間の眼だ。正確には元人間の……
さっきですぴーに追い立てられたヴィランの一部も混じっていた。すっかりゾンビ化しているみたいで、「ウー」とか「あー」とかうなりながらよろめき歩いてくる。
デイビス中将が両腕を高く振り上げて叫んだ。
「闇よ集え!」
そしてガハハハと高笑いした。「いちど言ってみたかったよこのフレーズ!」
「しっかりカタつけてから来なさいよ!」
「仙女様はキビしい努力目標を課されるものだ」ですぴーは楽しげに言った。
「それより、状況はどうなってんだ?」
「デスペラン、ヘルドールはもう魂を無くしているからイグドラシル世界に帰っても復活できない。それで、奴はナツミの魂を狙っている」
「おぞましい話だねえ」
ですぴーはメイガンに顔を向けた。
「中尉、上空監視はどうなってる?」
「絨毯部隊は敵のドローンに足止めを食らって、支援体制を崩されているようよ」
「ハイパワーどもはどうなってる?」
「ちょっと待って……」メイガンはしゃがんでラップトップを操作した。「――妨害波が飛んでてはっきりしないけれど、ネヴァダ州全域に張られた結界を破れていないようよ……ちょっと待って!一部は上空150㎞にピケットラインを張って、……ロシアと中国から飛来してる核ミサイルを、阻止してる――」
「どうやらネットワーク遮断要請に応じてくれなかったようだな」
「そうね……」メイガンはいままで見たことがなかった険しい表情だ。
「いまごろ大統領が報復せよという軍の要請を懸命に抑えているでしょうけれど……いつまで保つか……」
『おーい君たち』
もはや人間らしさもない銅鑼声でデイビス中将が呼びかけてきた。
『なにか知らんが相談は終わったのかね?こちらはそろそろ始めるぞー』
「慌てんなよジョニー」ですぴーが答えた。「死に急ぐこたあねえ」
『きみ、ニホンの坊主を待ってるなら無駄だぞ。奴はいまごろ地元を死守するので忙しいからね!』
「アテにしちゃいね~よ!」
ですぴーは強がり発言(?)のあとわたしたちに振り返った。
「メイヴ、ナツミたちは任せるぞ」
「分かったから本気でやってよ?」
「アイコピー」
「デスペランさん!」わたしは思わず叫んだ。
「おう、久しぶりにまともな呼び方だな?」
「これ、使って」
わたしは〈天つ御骨〉を差しだした。
「おっマジか……」
ですぴーは眼を細め、彼にしては珍しく慎重な手つきで、〈天つ御骨〉の柄を握った。
わたしが手を離しても、ですぴーは剣を保持していた。
「こいつは凄い支援だぜ」にやりと笑った。「負ける気がしねえ!」
ですぴーは大剣と〈天つ御骨〉を構えてデイビス中将に向き直った。
「用意できたぜ、ジョニー」
『馴れ馴れしく呼ぶんじゃない!』
ですぴーとデイビス中将が同時にが跳躍して、空中で衝突した。
同時にメイヴさんが杖を高く掲げると、杖の先に強烈な緑色の光が宿った。光に照らされてわたしたちを包囲していたゾンビの群が苦しげに呻いた。
「ナツミ、メイガン、それとアズラエル伍長も、こっちよ!」
わたしたちはメイヴさんが指し示すほうに走り出した。アルファはしんがりを努めて、戦い始めたですぴーたちとわたしたちのあいだに立ち尽くしていた。
まったく、こんなに走らされることになろうとは。
池袋の件から数日で気づいたのだけれど、わたしは視力だけでなく、体力も減らしていた。厳密にはもとの文系女子に戻ったんだけど。
だからもう険しい山でトレッキングなんて無理そうだし、走るのも苦手だ!
もっとも、激しい運動が苦手なのはわたしだけじゃないみたい。
「どこまで走るんですか~?」
アズラエルさんも酸素を求めて喘ぎつつ汗だくだった。
「肺呼吸なんて久しぶりすぎて……」
だそうだ。
メイヴさんとアルファが行く手を阻もうとするゾンビを蹴散らしている。
300メートルくらい必死で走り続けると、わたしたちは包囲網の輪から抜け出せたらしい。ようやく立ち止まると、わたしは膝に手をついてハアハア喘ぎながら、戦いの様子を見渡した。
ポータルの巨大アーチの周囲は魔力の衝突でストロボみたいに明滅して、巨大化してゆくアダム・ワイアを照らし出していた。
もう一カ所、わたしたちに少し近い場所でですぴーが戦ってる。
そして……
闇夜には、ぼんやりした燐光が、風にゆれるカーテンのようにそよいでいた。
「オーロラ?」わたしは誰とも無く言った。
「あれは霊よ……霊が集っている」メイヴさんが呟いた。なにか推し量るように目をすがめていた。
夜空を彩っているのはそれだけではなかった。
目を凝らすと、空のそこかしこでなにかがはじけていた。音もなく、パーンと、白い花火みたいに……
「あれは……」メイガンが押し殺した声で言った。「ハイパワーに撃墜されてるMARVだわ……」
「マーブ?」
「核弾頭よ!」
「えっ……?」
「あれのひとつでも撃ち漏らしたらここは……」
核ばくはつドカーン!ってこと?
「マァジですか!?」




