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18 カオス

          

 11時、即売会開幕~!

 まあ小さな即売会なので開幕ダッシュというのは無い。でも根神先輩のところには開始早々10人くらいの列ができて、男性が買い物していた。今回は新作を持ち込んでいたので、この列はしばらく減らない。

 普段ならわたしたちのサークルが肝心の本に集中できるのは、その列が無くなってからだった。

 ところが。

 

 「これ一冊くださーい」

 今回はわたしたちのブースにも列ができてしまった。

 「こんにちわ、どこから来たの?買ってくれてありがとう!」

 サイファーくんがニコニコしながら手渡しすると、お客さんは髪をなでつつ視線を泳がせ、恐縮とばかりにお辞儀していた。もれなくちょっとした会話つき、握手あり。

 「よっしゃ!」伊藤さんが密かにガッツポーズした。


 サイファーくんが自撮りに応じはじめると、列はさらに増えた。2回目という御方もちらほら。

 わたしたちは整列とまわりのサークルの気配りに忙しくなった。いままで列なんかできたこと無かったから、わたしたちは慣れない対応に追われ汗だくだった。


 昼になると、根神先輩の隣に座っていた謎の女性はいつの間にか消えていた。手伝いが終わったので帰ったらしい。


 いくらか余裕ができたのでわたしはご挨拶がてら、お友達サークルに見本誌を届けた。狭い即売会なので、サイファーくんのことは知れ渡っていた。

 列を作られて往来を邪魔されたほかのサークルも、じつに寛容であった。


 まあ、ただ一カ所を除いてだけどね。


 根神先輩のまわりには数人の男子がたむろして、立ち話しながらわたしたちを眺めていた。

 みんな彼のモデラー仲間で、即売会にはまったく興味がない。独特な仲間意識で拒絶バリアーを張ってるから、即売会参加者も彼らを即座に異物と見抜く。

 男子といってもぱっと見40歳以下の人はいない。ガンダムの話とかに花を咲かせつつ、わたしたちのブースの騒ぎを横目に苦笑いしていた。

 時折「オイオイまじかよ」とか「フェロモンムンムンすな」とか、明らかにわたしたちを小馬鹿にするような声も聞こえてきた。

 根神先輩はウチのサークルの一応メンバーであるので、お友達のあからさまな侮蔑に困惑しつつ……でも調子は合わせている様子だった。

 男の友情を取るか人としての誠実さを選ぶか、彼にとっては難しい局面ね。でもああいうのはよくある。

 乙女ロードの住人であれば、男子の根拠不明な上から目線の侮蔑は、慣れっことはいえないまでも鼻風邪みたいなもの。ちょっと煩わしいけど趣味を愛でる代償としては取るに足りないことだ。

 だけどわたしたちも女なので、彼らにとっては「千載一遇」の場でもあるわけだ。だから根神先輩に会う名目でのこのこやってくる。


 だからサークルメンバーも彼が窮地に追い込まれても同情は寄せない。


 そして今回は、サイファーくんがいた。

 それで、それだけで、この小さなサークルの力学バランスは大きく傾いていたのだ。



 彼らが余裕綽々でいられたのは、一息ついたサイファーくんが根神先輩の隣にドスンと腰を下ろすまでだった。

 「どうも!」

 サイファーくんは笑顔でお辞儀した。

 「あ、うス」根神先輩は口の中でもごもご返事していた。

 「お騒がせして申し訳ない。迷惑でなければいいのだが?」

 「大丈夫ッス」

 どう見ても四十近い男と中学生のやり取りではない。


 伊藤さんもタカコも「これは見物だ!」という顔でこっそり成り行きに注目していた。

 ご挨拶回りから帰ってきたわたしは、サイファーくんを昼食に誘おうと声をかけようとしてたんだけど、彼が根神先輩の隣に座ってしまったので、彼の取り巻きの背後に思わず立ち尽くしていた。

 「ちょっと少年さあ」根神先輩のモデラー仲間の一人が言った。「目上の人間にその話し方ないから。いくら日本語ペラペラでもさ」

 「これは失礼」

 その人は軽く失笑した。「態度でかいねー。まっ外人さんじゃ仕方ねえか」

 サイファーくんは折りたたみ椅子に背をもたせかけ、腕を組んだまま、根神先輩の取り巻きを一人一人、無言で眺め渡している……

 その表情にわたしはハッとした。


 サイファーくんのギアが、入れ替わっていた。

 いままで見たことのない、不遜ともとれる薄笑み……

 なんとも言いようのない暗い光が、ハシバミ色の眼に宿っている。

 ぶっちゃけると……妖艶。


 わたしの胸はぎゅ――ーっと締め付けられた。

 

 根神先輩の取り巻きたちは急にそわそわし出した。

 「あ……俺腹減ったから行くわ」

 「あ?えーもう昼過ぎじゃん、行こ行こ、じゃ根神っちまた」

 根神先輩は慌てて立ち上がり、そそくさと立ち去ろうとする面々を見送った。「え?もう行っちゃうすか、お・おつかれッス~」

 控えめに見ても一緒に連れてってもらいたがってるように見えた。

 

 わたしは突然脇に引っ張られた。タカコと伊藤さんに20メートルほど引きずられて窓際に移動した。

 二人とも笑いをこらえるのに必死だ。

 「見た!?いまの、見た!?」

 「あいつらサイファーくんに圧倒されてた!」

 わたし同様、みなサイファーくんのギアチェンジに気づいたらしい。突如として年齢が倍くらいの威厳を纏った彼を。

 取り巻き連中にもうちょっと胆力があれば喧嘩になっていたかもしれないが……「尻尾を巻いて逃げ出す」というとはああいうのを言うのね。初めて見た!

 「川上~ホント逸材だよ彼!?あの眼光……あんなふうに直視されたらあたし妊娠するわー」

 「ハハハ……」伊藤さんお下品……けどちょっとだけ同意。

 「あーすっきりした……あいつら下手したら終わるまで居座るからね~」

 タカコもうれしそうだった。

 「あの田辺っていうおじさん、ちょくちょくあたしにからんでたからさ~。さすがに勘弁ですよ。モデラーだかなんだか知らないけど50近いんだよ?」

 「今日は本もたくさん売れたし、平和にすごせ――あっくそ!」

 伊藤さんの悪態にわたしたちは振り返った。

 

 ホモのびっくんが、わたしたちのブースに現れたのだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] サイファー君に小言を言うオタクが妙にリアルですね(笑)。 後、男子の根拠不明な上から目線の侮蔑は嫌ですよね。 でもこういう奴に限ってモテない、モテようがない。 しかしそういう連中を軽く一蹴す…
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