170 追い詰められて
背後のビル街でガラスの割れる音が連続してる。この道路に収まりきらない暴徒が暴れてるのだろう。池袋駅方面の空には黒い煙の筋もたち昇っていた。
暴動だ。信じられないことに暴動が起きてる。
喧噪がわたしたちを包囲する暴徒たちの血をたぎらせているようだ。
彼らはさらなる刺激的な「娯楽」を求めてうずうずしている。
「はやくぶっ殺してよ~」
モタモタしてる歩行者を邪剣に扱うくらいの調子で誰かが言った。
「分かった分かった!」わたしは言った。「尾藤、あんたの言うこと聞くから、もうこんなことやめて!」
「それじゃ〈天つ御骨〉さっさと渡してくれる?」
「ここにはないから取ってこないと……」
「ナツミさん、駄目だ!」鮫島さんがわたしに叫んだ。
「邪魔すんじゃなーい!」
また尾藤が低い声でうなり片腕を払った。衝撃波が発生して鮫島さんの身体がカードレールまで吹っ飛んだ。
「鮫島さんっ!」わたしとタカコはガードレールにぐったりもたれ掛かってる鮫島さんに駆け寄った。彼は片腕を白いポールに回して身体を起こそうとしている。
「ダメ、鮫島さん座ってて!」
「そうも……いかない」脇腹に手を当ててウッと呻いた。
シャロンもかたわらに跪いて鮫島さんの様子をうかがっていた。
「鮫島、肋骨を何本かやってるだろ。ナツミの言う通りじっとしてろ」
「くそっ……」
わたしたちが固まっているあいだに、背後でふたつの暴徒集団が合流していた。アルファと佐藤くんがかろうじて接近を阻んでいるけれど、暴徒はどんどん数を増して、見渡すかぎり道路を埋め尽くしていた。
50メートルくらい離れてる歩道の一団などは、缶コーヒー片手に雑談していた。お店の開店を待つ客みたいだ。ただし待っているのは血祭りの幕開けだ。
わたしはだんだん腹が立ってきた。
だけど、前みたいに〈天つ御骨〉がいつの間にか手に現れることは、まだなかった。
わたしが迷ってるからだ。
あの剣が現れたら龍翅族アマルディス・オーミの魂がわたしに乗り移って、暴徒たちをなぎ倒してしまうかもしれない。
だけど、鮫島さんが傷つけられて、わたしは仕返ししてやりたい心境に大きく傾いてた……。
(誰か助けて)
そう願いながら、サイやですぴーの力を当てにするしかない無力な自分が恨めしい。
――助けてあげようか?
耳元で囁く声にわたしはハッとした。
――わたしの魂を宿す巫女よ。ちからが欲しいなら助けてあげる。しかし――
しかし?
――ちからが欲しいならひとつ受け容れねばならないことがある。そなたはそれを受け容れようか?
どうすればいいの?
それで、龍翅族のアマルディス・オーミは条件をわたしに告げた。
わたしは、その条件を受け容れた。
わたしは立ち上がって尾藤に向き直った。
「なつみん、決断したようだね~」尾藤がわたしの手元を見て嬉しそうに言った。わたしはまたしても、いつの間にか〈天つ御骨〉を握りしめていた。
「うん、決断した」
わたしは両腕に剣を握って頭上に掲げた。
尾藤のにやけ面が急に曇った。
「ちょっとなつみん、変な真似するんじゃないよ――」
はるか頭上で特大のガラスが割れるような轟音が響いて、本当に空の一部がヒビ割れた。
〈天つ御骨〉のちからが尾藤の結界を破ったのだ。
「あんた!変な真似すんなっつったじゃんかよっ!ただじゃ済まないからねっ!」
「誰がただじゃ済まないって?」
尾藤がサッと背後に振り返ると、大剣を担いでフル装備の甲冑に身を包んだですぴーがそびえ立っていた。
尾藤は鮫島さんを弾き飛ばしたときと同じエア手刀を繰り出そうと腕を振り上げたけど、その瞬間となりにサイが現れて、邪剣デスリリウムを振り抜いて尾藤の首を刎ねた。
尾藤の首が弧を描いて暴徒集団の最前列に飛んでゆく。落下先の暴徒が慌てて飛び退いて、尾藤の首がアスファルトに落ちて転がった。
暴徒集団にどよめきが湧き上がった。
わたしとタカコは声もなく。
「こっ殺した――ッ!」岩槻教授が甲高く素っ頓狂な声で叫んだ。
ですぴーが浮かない顔で言った。
「残念だが死んでねえよ」
ですぴーが言った通りだった。
首をなくして倒れていた尾藤の身体がむくっと起き上がって、立ち上がった。
そして首が転がっているほうにスタスタ歩いて行く。
暴徒たちは情けない悲鳴を漏らしながらさらに後退した。何人かは脱兎のごとく駆け去ってる。
尾藤が自分の頭を拾い上げて首に据え直した。
「デスリリウムで切られたのに死なねえって……」
「ああデスペラン、手強いぞ」
尾藤がわたしたちに向き直った。
「あ~ンお洋服台無しィ~!」
尾藤の背後に突っ立っていた暴徒のひとりが吐いた。




