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166 ライオット


 そんなわけで翌日、日曜日。

 電話で呼び出されて、わたしはタカコと池袋で合流した。


 ふだん池袋はいつなん時も人でごった返してるけれど、今日は晴天だというのに人の姿がまばらだ。

 もちろん空に浮かんでる十字架――〈後帝〉(ハインドモースト)のせいだった。【不要不急の外出は控えよ】と政府のお達しが出てるのだ。

 なんだかどんどん戦時体制っぽくなってるような……

 つっても何十年か前の本物の「戦時体制」がどうだったのかわたしはもちろん知らないけどね。


 タカコが来たのも十字架のせいだった。

 「不要不急の外出は控えろって話じゃなかったっけ?」

 「不要じゃないよ!」

 「電話で済む話じゃないの?」

 「電話じゃ駄目、大事な話だよ!」タカコはキャロットジュースをズーとすすると、言った。


 サンシャイン通りから外れた喫茶店も昼食時なのにガラガラだ。【店舗は7時以降の営業を控えよ】とも言っているけれど、政府は侵略が始まるのは夜とでも思ったのだろうか?’

 タカコがいろいろ尋ねてくるのは、ほとんどきのうの妹の話の繰り返しだ。わたしは「分からない」「たいへんだと思うよ」と返すしかない。

 「社長さんは異世界の扉が開き次第向こうに出掛けるつもりだってさ。あたしはどうすれば良いのか分からないよ~」

 「いまさら往生際悪いんじゃないの?タカコずっとまえに承知してたでしょ?Aチームのみんなもですぴーもあっちに移住しちゃうんだからさ」

 「しょうがないでしょ!いまさらだけどジワジワ来てんのよ!」

 わたしはテーブルに頬杖をついて、神妙な顔してたと思う。

 いざとなると覚悟は決まってなかったということか……まあ無理もないけれど。

 

 ガラス窓の外、レンガ張りの広場ではアルファと〈ハイパワー〉の佐藤くんがお喋りしていた。店内の出入り口近くの席にはAチームのシャロンと鮫島さんが座っていた。

 政府のお達しはともかく、わたしのまわりは物々しい臨戦態勢だった。

 

〈後帝〉は出現以来沈黙しているけど、いつ攻撃されてもおかしくないそうな。

 地球のまわりには〈ハイパワー〉がずらりと並んで防衛してるけれど、地球と月の中間に浮かんでる〈後帝〉をこちらから攻撃するのは無理だという。

 

 しかもあの十字架にはわたしたちに必要な〈鏡〉(ミラー)があるのだ。


 そんなわけで、メイガンに言わせると「八方塞がり」だった。


 タカコがストローを咥えたまま言った。

 「やっぱ、冬コミは中止かなぁ」

 「いきなりそっち?」

 「大事な話でしょ!」タカコがストローをグラスに戻して言った。「今回が最後になるかもしんないんだよ?中止になったら無念でしょうがよ」

 「ていうか、まだ中止の発表されてなかったんだ……」

 あと2週間切ってるのに。

 「――でもさ、異世界移住なんてすぐ始めるわけじゃないし、しばらく現状維持――なワケないか」

 「あの十字架が浮かんでたら現状維持もへったくれもないでしょ?」タカコは背もたれにどすんと背中を預けた。「あ~あ……サイファーがあんなのすぐにやっつけてくれると思ったのになぁ……」


 「ナツミ~」離れたテーブルからシャロンが呼びかけてきた。「お話し中だけどさ、都内の動きがちょっとマズいかも~」

 タカコがギョッと背筋を伸ばした。

 「マズいかもってどういう意味なの!?」わたしの周囲が少々物騒なのはタカコもうっすら承知している。

 そのとき「ドン!」という音が響いてガラスが震えた。わたしも飛び上がって振り返ると――

 ホモのびっくん、尾藤テンイチがガラスにべったり覆い被さっていた。

 歓喜に目を輝かせていた。

 「ちょっ!なにっ!?」

 尾藤が首を巡らせて、喜色のこもったボーイソプラノで叫んでいた。

 「ちょっとみんな~!ここにいたよーッ!」

 たちまちアルファが尾藤の背後に現れて窓から引き剥がしたけれど、誰か大勢が「おーっ!」と叫んでいるのがガラス越しに聞こえた。

 シャロンと鮫島さんもわたしたちのテーブルの前に駆けつけた。

 「いったいなにが始まったんです!?」

 「暴徒だ」鮫島さんが言った。「SNSで呼びかけが始まっていたんです……集合が予想より早かったようで」

 鮫島さんがスマホの画面を見せた。

 

 # LoDiしようぜ

 # 都内集合

 そして

 # なつみんみっけ

 

 「なにこれ」

 「さいごのハッシュタグは15分まえ急に拡散されました……発信元があの尾藤だとようやく辿ったところだったんですが」

 「どうすればいいの?」

 「とりあえず移動しましょう」

 

 わたしとタカコは慌てて立ち上がり、会計して店から出た。

 店から10メートルぐらい離れた路上で、アルファに襟首を押さえられた尾藤が躁病的なニタニタ笑いでわたしにスマホを向けていた。

 (あいつ、配信してるんだ!)

 シャロンもそれに気付いて、尾藤に駆け寄って手刀でスマホをたたき落とした。

 「痛い!なにすんのよう!」

 「怪我したくなかったらここから失せな!」

 「べーだ!」

 「シャロン伍長!広場の向こうを見ろ!」

 鮫島さんが指し示した方向に目を遣ると、駅前ロータリーのほうから通りの幅いっぱいに溢れた人波が押し寄せてきていた。

 「ありゃ厄介だわ」シャロンはジャンパーのポケットからスマホを取りだした。「救援要請する!」

 「頼む!」それからわたしとタカコに振り返った。「さあ、サイファー立ちが駆けつけるまで逃げますよ!アルファ!僕たちを追いかけてくる奴らを阻止してくれ!」

 「はいよ~」

 わたしとタカコは鮫島さんに背中を押されるように、サンシャイン前の高架道路のほうに歩き出した。

 「あーあそこにいんじゃん」背後で誰かが言った。

 「あ、マジマジ、あいつら居た!」

 わたしたちは早歩きで広場の橋に達したけれど、背後の群衆はもの凄いスピードで逆上していた。


 「追いかけろ――!」誰かが叫んだ。


 わたしたちはホテル街の角を回り込んだところで走り出した。


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