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165 人工天使

  

 「座っても?」

 「いいぞ、座れ」

 「それじゃ失礼して」

 アズラエル伍長は難儀そうにうめきながらディレクターズチェアに腰を降ろした。サイたちはみんな突っ立ったままだ。


 「それで、どうしてここに飛ばされた?」

 天使は渋い顔で首を振った。

 「ずいぶん前から〈世界王〉に目をつけられてましてね。われわれ精霊を殺すのはむずかしいと悟って、裏技に訴えたようです」

 「そりゃ目障りだったろうよ」ですぴーが素っ気ない口調で言い捨てた。

 「と言うか、やっぱりここ、ギルシスの島流し先なんですか?」

 「そうだ」サイが答えた。「ギルシスの末裔である人類はここを「地球」と呼んでいる」

 「まったくもう……だれも彼も手段を選ばなくなっちゃって……」

 「おまえが言うな」

 アズラエル伍長は降参するように両手を挙げた。

 「ハイハイ、分かってます。わたしたちはあなたがた魔導傭兵を温存したかったのですよ。手負いのあなたがたを咄嗟の判断でここに飛ばしてしまったのは悪いと思ってました」

 「イグドラシルに戻る手段無しでな!」

 「え?」アズラエル伍長は戸惑っていた。「戻る手段、見つけられてないんで……?」

 「ノーヒントで地球に放り出されたからな!おかげさまでさんざん苦労して見当はついているが」

 「さすがです」

 「さすがだと?」ですぴーがちょっとキレた。「他人事みてえにいい気なもんだ!」

 「そんなつもりはないですってば。われわれは一緒に〈世界王〉を討伐するために協力した仲じゃないですか」

 「アズラエル伍長」サイが改まった口調で言った。「貴様までがこの世界に飛ばされたのだから、〈世界王〉との戦いは混迷の一途なのだろうな?」

 「ええまあ……旗色は芳しくありません。いちばん強敵だったあなた方を失った痛手は大きいですからね」

 「そうか」サイはうなずいて、考え込むように押し黙った。


 アズラエル伍長はじーっとわたしを見ていた。

 「なにか?」

 「いえ……あなたはこの世界の住人で?」

 「なにすっとぼけたこと言ってんすか、サイをわたしの家に寄越して世話しろって指示してきたのあなたたちじゃないですか!」

 「あ~……そうでした。その、あなた妙なオーラを纏ってますねえ」

 「おい!」サイが叫んだ。「ナツミに話しかけるんじゃない」

 「あ、はい」

 わたしとの会話を禁じるなんてサイらしくない。だけどこのひとよっぽど信用ならないのかな?

 「アズラエルさん」メイヴさんが言った。「肉体を取り戻したのだからいろいろ大変になるわよ。とりあえず飲み物でもいかが?」

 「飲食ですか!そうですねえ。食べて寝て……いや~楽しみだな」

 やはりどうにも深刻さが欠落してるような。

 

 

 空はいつの間にか晴れ、西日がさしかけていた。

 妹がユリナちゃんと手を繋いでメイヴさんの家から出てきた。

 「おねえちゃん、わたしそろそろ帰らないと」

 「そうだったね、送ってくよ」

 「ナツミ、アパートに戻るなら付き合うよ」

 「でもサイ、その人はどうするの?」わたしはアズラエルさんのほうに顎をしゃくった。

 「メイヴが世話をしてくれるだろう」

 

 それで、わたしはふたたびユリナちゃんと手を繋いでアパートに引き返した。

 ユリナは砂浜を駆け回ったりサイに抱っこされたりハリー軍曹の背中に乗ったり元気いっぱいだった。

 「今日は時間かけさせちゃってありがとね、え~と、サイファーさんも」

 「いつでも遊びに来ていただいて構わない」

 「そのうちユリナがお泊まりしたいって言い出すかも」

 「いつでも……とは言えないけれど土日ならウェルカムよ」

 ユリナが戻ってきたのでわたしと妹が手を繋いでアパートに戻った。


 車で去るふたりを見送ると、わたしとサイはアパートの部屋に戻った。

 ユリナちゃんが居なくなって静かになったアパートで、わたしとサイはおこたを挟んでひと息ついた。 

 サイがカゴからミカンをひとつ取って皮をむいた。

 「ユリナちゃん可愛いな」

 サイがミカンを一房差し出したので、わたしは口で受け止めた。

 「やっぱり、面と向かって言われてみると前途多難な気がするなあ……」

 「イグドラシルに移住すること?だろうね」

 「サイ」

 「ン?」

 「サイは気がかりなんでしょ?あの〈終焉の大天使協会〉のアズラエルさんがここに飛ばされたこと……」

 「うん……」サイはミカンを食べながら言った。「奴はまだなにか隠しているような気がして。大事なことを言ってないような」

 「まえからあのひとたちには素っ気ない感じだったよね?」

 「第1に、奴らは人じゃない。ずっとまえに生き物であることをやめて、精霊になった者たちだ」

 「そういえばまえに、メイヴさんも精霊になりかけてるって言ってた……」

 「ああ。あと千年くらい生きればね……そうなると生物的な諸々を捨てて〈魔導律〉だけで生きるようになる。知的種族に対する感情は希薄になる。地球的に言えば「人間性を失う」というか。

 本来なら生き物であるわたしたちなんか気にも留めない連中だったんだ。だけど凶帝ホスの一件以来〈終焉の大天使協会〉という仰々しい組織を組んで、イグドラシルの生態バランスに介入するようになった。たびたびお節介を焼くので、アルトラガンの賢者たちなどは奴らをたいそう疎んじてる」

 「やっぱ嫌われ者なんだ」

 「イグドラシルに神はいないと言ったろう?そんな役割はよほど高位の精霊でなければ務まらないのだけれど、天使たちは血肉を持っていた頃の感覚を引きずった、超高位認知に達しないものばかりの集まりだから……」

 「低レベルの神様ごっこしてるひとたちってことね……」

 「その通り」

「だから本当に頼りになる神様レベルの精霊は助けてくれないんだ……」

 サイはうなずいた。

 「下界のいざこざなどに興味ないからね……ただし、ひとつ例外があった」

 「なに?」

 「〈龍翅族〉だ。彼らは高位知性にもっとも近い種族と言われているが、そのひとりが過去に介入した」


 突如わたしに関係ありそうな話になった。

 「この地球に……」


 「そう」サイはまたうなずいた。

 「だから、この半年の出来事を振り返ると、奴らが偶然わたしをナツミの元に送ったとは、とうてい考えられないのだ」

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