154 魔王はいずこに?
わたしマズいこと言っちゃった――ような気がする。
「そうか、ナツミの言う通りだ……」
サイが真剣な表情で考えはじめたので、わたしは慌てた。
「ちょっと待ってサイ!ちょいとばかりルシファーになぞらえられたからって、その役になりきる必要ないから――」
メイガンが反論した。
「いえいえ、そのアプローチで良いと思う」
「でもいくらなんでも悪魔はマズいんじゃ……?」
「そうでもないのよ……人間、とくに若い人ってある種悪役に感情移入するもんなのよね。スターウォーズだってボバ・フェットや帝国軍のほうががぜん人気だし、最近はそのものずばり『ルシファー』ってドラマが大ヒットしてるくらいだから。やりようによってはキリスト側より支持を得られるかもしれない……」
「はあ」わたしは途方に暮れた。「そっすか……」
「さっそくそっち方向でなにができるか検討してみる!」
メイガンがうきうき状態で部屋を飛び出して行ってしまったので、わたしはサイと二人きりで残された。
「えーと……サイ?」
「ん?」
「ホントにあの路線で行くの?」
サイは笑った。
「なかなか有用な助言だったと思うよ。少なくとも突破口のひとつだと思う」
「そうかもしれないけど、わたしはやだなあ……サイが悪役なんて」
「でもナツミ、わたしをルシファーにたとえて小説を書き始めたのはナツミじゃないか」
「アッアレはちょっと!……その、カッコイイかなって……ていうか名前が似てただけで……」
「ほら、やっぱり格好いいんだろう?」
「ま、まあね」わたしはややぶすっとした口調になった。
「心配するな。わたしは間違ったほうに就くわけじゃない。ナツミだって分かってるでしょ?あのミスターXはまがい物だ」
「うん……」
気が抜けたせいか、わたしは大あくびしてしまった。
「ナツミ、そろそろ寝たら?」
「そうすりゅ……」わたしは目をこすりながらうなずいた。
三日後、西川越駅近くに突き刺さっていたハイパワーの宇宙船が忽然と姿を消した。
サイがテレポーテーションで各務原の自衛隊施設に転送したのだ。
田中君の遺体もすべて片付けられて、非常事態宣言みたいなものも解除されたので、わたしのアパート周辺は日常を取り戻した。
まあだいたい。
「戦いの舞台」をひと目見ようという野次馬が次から次へと押し寄せて、せまい無人駅は乗客でごった返して、わたしと天草さんは通勤に苦労した。
それにしてもろくに飲食店もない地域だから野次馬さんたちは苦労したことと思う。
それに得体の知れない調査団とマスコミの皆さんが国内のみならず世界から押し寄せて、川越の人口は一時的に増大した。
「妙なものですね」
電車の吊革につかまりながら天草さんが言った。
「日本で初めて自衛隊が戦った場所だからって、見物人が押しかけてくるなんて……」
「そもそも夏にいちどお台場で一戦あったんだけどね……」
「ああアレ、わたしはブリーフィングで聞かされただけで、あとは鮫島さんのお仲間に聞いた話だけなんです。中国の潜水艦を拿捕しちゃったんですよね?」
わたしはうなずいた。
「しかも中国製の巨大ロボまで登場しちゃって」
「なんだか……この国どうなっちゃったのかな?って、たまに思うんですよ」
(スマンねえ)わたしは内心謝った。この国がどうかなっちゃった原因は、半分以上わたしとサイのせいだ。
もうすぐ12月。
ですぴーの暴露本が翻訳出版されて、それに付随した新書やなにかも発売されて、日本でもようやく「事の真相」に関心が向くようになった。
川越に人が集まるのもそうした関心の現れだろう。
ネットではメイヴさんのお山に建てられた巨大な鳥居と、山の中腹で行き止まりになるヘンテコな階段にも注目が集まってる。
みんな考えはじめてる。
「異世界に行けるのか?」と。
夏のコミケで撮影されたサイとですぴーの姿も、以前のように削除されることなくネットにアップされるようになった。
『日本であのデスペラン・アンバーを見た!』
そしてその隣にいる少年は、全米ネットワークのインタビュー番組で暴露された「デスペランの友達」……
サイと高校で一緒だった、という証言もちらほら……
そこから「彼」が「ルシファー」であり、本名はサイファーだと判明するまで時間はかからないだろう……即売会でツーショット写真をゲットしたりサインしてもらった女子は大勢いる。
上野隊長は、夏に売り出した「サイファー特集」の薄い本が高値で転売されてるのを発見した。手放す人はそう多くないらしいので、びっくりするような値段になっていた。
良かったことはそのくらいだけど。
半分くらいはメイガンの情報操作の産物なのだろう。
いずれ「サイがLo-Diを引き起こした帳本人」という結論に達するだろう。サイもメイガンもそれが着地点だと言ってる。最終的には誘導操作ではなく、日本人自身がその結論にたどり着くことが望ましい、ということだ。
目立っていたのは「彼は今どこにいる?」という疑問だ。
わたしも知りたいよ。




