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128 覚醒する貴腐人

 

 芳村さんと天草さんが呆然とわたしを凝視していた。


 「やばっ……」天草さんが言った。


 その時また例のアレがわたしを襲った。とつぜん金魚鉢越しのように視界が歪んで、音が消失した。

 青みがかった視界の中で、岩槻さんがわたしになにか怒鳴っている。

 あの出雲大社のときと同じだ。わたしは世界から一歩退いて、なかば眠りながら、もうひとりのわたしがなにかしているのを見てる……


 以下、自失していた一分ほどのあいだわたしが交わした会話。


 「ほらお嬢ちゃん、それをさっさと渡すんだ!」

 「岩槻とやら」わたしは据わった眼で言ったらしい。「これが欲しいか?では好きに持っていくがよろしい」

 岩槻さんはチッと舌打ちした。

 「まったくいまどきの無教養な連中は口の利き方も知らん!でもまあ聞き分けは良いようだ、それでは――」

 わたしは剣を持ったまま月極駐車場の端に歩いて行った。

 「おいお前!どこに行くんだ!」

 わたしはアスファルトの地面に天つ御骨を突き立てた。

 「さ、岩槻、好きに持ってお行き」


 わたしはそう言い捨てるとアパートの部屋に向かってしまったらしい。



 わたしは部屋に戻ったところで我に返った。

 「アレ?わたしいつの間に」

 「あ、あの、川上様……」

 「あ、天草さん、芳村さんはお帰りになったんでしたっけ?」

 「いえ、まだおもてにおいでで……」

 「え?それじゃあちゃんと挨拶しないと……」

 窓の外で芳村さんが大笑いしてるのが聞こえて、わたしはなにごとかと窓から身を乗り出した。


 「いやあ愉快愉快!岩槻よ!わしゃあ一日中でも眺めていたいのだがよ、多忙なんでそろそろお暇するよ!」

 向かいの月極駐車場で、岩槻さんが背を丸めてなにか引っこ抜こうとしている。

 「鮫島、ちっと見張っててあげておくれ。奴が張り切りすぎてぶっ倒れでもしたらご近所に迷惑かかるでな」

 鮫島さんがお辞儀で答えると、芳村さんは笑いながらシークレットサービスを引き連れて立ち去ってしまった。

 それで、わたしは天つ御骨が地面に突き刺さってるのに気付いた。

 岩槻さんはそれを一生懸命引き抜こうと試みてるのだ!


 「龍の巫女様は、なかなか洒落が効いてるようだ」わたしの背後でサイが言った。

 わたしは振り返って言った。

 「ひょっとしてあれ、わたしがやったの……?」

 「そうだよ。天つ御骨が現れたときはわたしたち全員緊張したが」

 「まったくです……」天草さんがうんうんとうなずきながら言った。

 「どうやらこの世界に降臨した龍翅族は、女性だったようね」メイヴさんも朗らかに笑いながら言った。「あまり怒らせないほうがいいわね」

 「でもどうする?あのひと」

 「放っておけ」サイは言い捨てた。「ナツミは会社に行って。わたしと鮫島が見張ってるから」

 わたしは時計を見た。

 「10時半か。それじゃ、会社に行こうかな」

 天草さんが言った。

 「それなんですけど、わたしも社員なんでしたっけ?」

 「ああ、それはアルファのことね。ええと……うちの社長もアルファが偽のあなただって知ってるから、この場合はどうなんのかなぁ……」

 「まあどちらにせよわたしは川上様の警護担当ですので、ご一緒せねばなりません。社長様はわたしを雇ってくれますかね?」

 「うん、あのひと大雑把だからなあ。普通免許あれば雇ってくれるかも」



 「うん、雇うよ」

 社長は即答した。

 「めっちゃ即決ですね……」 

「だってさ……」社長は面白そうに手を振った。

 その先にはふたりの天草さんが並んで立っていた。

「――これはなかなかでしょう」

 「いえ、再雇用してほしいのはわたしですから!こっちの偽物じゃなくて!」天草さんが言うと、アルファも負けじと言い出した。

 「わたしたちふたりとも雇ってけっこうですよ、どうせこの人――」天草さんを指さした。「神社庁からお給料もらってますから、無給で良いし」

 「ちょっとアルファ!勝手になに言ってんのよ――」

 「だからふたりとも雇うって」

 妙な事の成り行きにヒナさんほか社員さんたちもデスクから腰を浮かせていた。

 「雇っても仕事ありますかねえ……」わたしは言った。「ていうか社長、この偽物のアルファは〈ハイパワー〉の仲間なんですけれど、雇っちゃって良いんですか?怖くないですか?」

 「スリリングよねえ」社長は瞳を煌めかせて言った。

 あかん、このひと危険中毒だ。

 「すっげー、うちに可愛い双子の社員が」瀬戸さんが感激していた。社員も大概危機感が薄い。

 「じゃーさっそくだけどダブル天草さん、吉羽先生のアトリエにひとっ走りしてくんないかな?ハロウィーンの衣装取りに行ってほしいの」

 「ハーイ、行ってきまーす!」アルファが言った。


 わたしはコーヒーを煎れた。

 社長と社員さんたちにマグを配った。わたしが自分の机に就いて手紙の束を開けはじめると、社長が言った。

 「ナツミさん相変わらずだねえ。どっからもうひとり天草さん連れてきたのよ?」

 「先週キャンプに出掛けたとき、出雲大社の近くで会ったんですよ」

 「その出雲大社の天草さんが本物で、いままでウチに出入りしてた天草さんはその姿をコピってた、という事で良いのかな?」

 「それでいいと思います」

 「あ~それじゃ、出雲で神器が出土したって噂もマジだったりする?」

 わたしは焦った。

 「そんな噂が流れてるんで?」

 「さすがに極端な飛躍なんでどうかと思ったけれど、ナツミさんたちが出掛けたのとタイミングバッチグーだからねえ……」

 「と、とりあえずノーコメント」

 社長は不敵な笑みを浮かべた。

 「ま、ぼちぼちね」


 1時間くらいすると天草さんたちがでかい段ボールを抱えて帰ってきた。

 「なんなのその荷物」社長が目を丸くしてた。

 「え?吉羽さんから頂いた服です。まだいっぱいありますよー」

 合計四個の段ボール。中にはビニールに包まれた服が詰まっていた。

 「メーカーとかいろんなところから送られてきたサンプルなんですって。要らないから全部持ってってって言われまして……」

 ヒナさんが何着か取り出して眺めた。「わー、しっかりした服ばっかりじゃん」

 「仕方ないなあ……みんな好きなの持ってけ」

 「つっても半分子供服かな」

 「わたしも、サイズが合ってても派手すぎてちょっと腰が引けちゃう……」


 わたしは言った。

 「あーそれじゃわたしが引き受けましょうか?妹が全部持ってってくれますよ……ママ友に配るから」 


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