122 魔剣ゲット
「ホーリィシェ――」ジョーが言いかけてシャロンに小突かれた。
「ちょっ!あなたなに壊してんですかっ!?」
「えっごめんなさい!」
「天草くん……」巌津和尚が言った。「動転するでないよ」
「ナツミ……」サイが一歩踏み出しながら言った。「そうか、なるほど……!」
「サイ?」
「あなたがなぜわたしの〈魔導律〉を吸っていたのか、これで分かった」
「えっ、サイったらなに言ってんのか――」
サイが片膝をついてこうべを垂れた。メイヴさんまでが。
「龍翅族の巫女……」
わたしは慌てた。
「ちょっとタイム!これってなんかの間違いだと思う!いま元に戻すから――」
今度はサイが慌てた。
「まてナツミ!落ち着いて、深呼吸」
わたしは胸に手を当ててスーハーした。
それからまた恐慌した。
「……でもでも!どうしようこれ!どうすれば良いの?ねえったら!」わたしは剣を扱いあぐねて、放り出しそうになるのをギリギリこらえてた。
見かねた巌津和尚が懐から紫色の風呂敷のような布を取り出した。
「とりあえず、ここに」
わたしは地べたに広げられた布に剣をソーッと置いた。
巌津和尚はその傍らに跪いて、恭しい手つきで布を折り剣を包んだ。
「ナツミ殿、剣の柄を持ち上げてくださいませ」
わたしが言われた通り持ち上げると、巌津和尚が布をさらに包んで、金色の帯で結んだ。
「これでよし。それでは剣を石の上に置きましょう」
「わたしが?」
「拙僧には持ち上げられぬ」
それで、わたしは剣を両手で抱えて、さっきまで刺さっていた石の上に横たえた。
巌津和尚がその前に正座して、数珠をさぐりながらお経らしき言葉を呟きはじめた。天草さんも両手で印を結び、なにやら祈りの言葉を呟いていた。
わたしも立ちんぼでは間が悪いのでそのうしろに正座した。隣に鮫島さんが座った。
それから巌津和尚が跪いたままわたしのほうに向きを変えて、言った。
「川上ナツミ殿。剣はあなたのもの。心してお取り扱い願います」
「ええと、あの……はい」
そう答えたものの、わたしは心して取り扱う覚悟なんてなかった。現実とは思えなかった。
わたしが、あの剣の所有者になっちゃったってこと?
そんなバカな!?
「それでは、この旅も終わりっすか」ジョーが言った。
「ああ、帰るとするか」
巌津和尚が言った。
「デスペランどの、急ぎめさるな。ここは今一度お付き合い願いたい。まずはお山を降りて宿など手配しましょう」
「歓迎してくれるのかね?」
巌津和尚はうなずいた。
「旅の疲れを癒やすが宜しい」
グゥー
鳴ったのはわたしのおなかだった。
「おなか空いた……」
サイが笑った。「そう言えば昼ごはんを食べてないか」
「たぶんもう絨毯が使えると思うわ」メイヴさんがありがたい御言葉を言ってくれた。「さっと降りて食事にしましょう」
わたしたちは二枚の絨毯に分乗して、巌津和尚が指定したところまで飛んだ。彼はいろいろ手配せねばならんとかで、ひとあし先にテレポーテーションした。
天草さんは絨毯のうえで、やや呆然と正座していた。たぶんいろいろありすぎてキャパの限界だったのだろう……わたしも覚えがある。
それから天草さんはハッと我に返ると、絨毯の縁までそろそろと這っていき、下を見下ろした。
そしてわたしに顔を向けた。
「これ、飛んでますよね?」
「うん、魔法の絨毯だから」
「あ、もう出雲のおやしろ様が見える!」天草さんは手を振りそうになって、慌てて留めた。恥ずかしそうにわたしを見て、元の場所に這い戻った。
やっぱり若い女の子だわ。
「わたし、あなたのニセ者と何日も一緒に通勤してたんだよ」
天草さんはうなずいた。
「詳しくは教えてもらえなかったのですが、東京のほうでそのようなことがあったと伺いました。それで内務のかたが大勢いらっしゃいまして、わたしは身元をなんども確認させられました。あなたがその……ニセ物の標的だったんですね?」
「そうらしいのよね……あなたもとても迷惑だったみたいで、ごめんなさい」
「いえ、それは……」天草さんが背を伸ばしてまた下の風景を眺めた。「あ、もう到着しました。この乗り物すごいスピードですねえ」
わたしたちは日本海に面した山林に着陸した。
大きめの日本家屋と庭……ここが巌津和尚の言った宿だろうか?さすがにホテルとはいかないか。
だけどよく見れば凄い贅沢な作りだ。
一棟まるまる貸し切りの宿舎に専用の庭。ほかに泊まり客は見当たらない。名のある作家が泊まるような隠れ宿といったところかな?
「いやあすごいな」シャロンはこの宿の価値をすぐに見抜いた。
「本当?あたしにゃ政治犯の追放先に見えるけど……」
「もてあまし気味の人物を押しこんどくってことじゃ間違いじゃないかもね」
自動車用の駐車スペースはあるけれど、それ以外の施設はすべて100年前から存在してるような雰囲気だった。
旅館の女将と従業員さんたちに玄関でお出迎えされた。
サイが剣を両手に抱えたわたしを先頭に立たせるから、妙な案配だった。旅館の人たちは事情を知ってか知らずか、わたしたちが通過するあいだずっと顔を伏せていた。登山ルックのおかしな一団相手なのに。
寝室三つに囲炉裏のある客間と洋間、お風呂は室内に一つと海に面した露天風呂。
ここ全部、わたしたちだけで使って良いのだ。
「ねえみんな、着替えるまえに庭で集合写真撮ろうよ!」わたしは呼びかけた。
ジョーが賛成した。
「ああそうだ、メイガンに見せびらかしてやらにゃ」
それでわたしたちは仲居さんに何枚か写真を撮ってもらった。
剣を持ったわたしを真ん中に据えた写真も一枚。
その一枚に龍翅族さんの影がバッチリ映ってましたわ……。




