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117 がちキャン

     

 鮫島さんが偵察しに行って五分で戻ってきた。


 「温泉です!」

 

 わたしたちは拍手喝采した。

 「少しぬるいですが岩場に池ぐらいの温泉が溜まってましたよ。pH値も問題なしのようです」

 「それじゃひとっ風呂できるのか。ありがてえ」ですぴーが言った。

 わたしもなんだか嬉しくなってきた。


 「それじゃあ薪を拾って、火をおこそうか」


 わたしの知るかぎり、キャンプというのは指定されたキャンプ場でやるものだ。

 そこには管理事務所にトイレがあり、自販機があり、食材も売ってるしキャンプ道具のレンタルも可能であった。

 だから無許可で勝手にキャンプするなんて、なんだかイケないことしてるような。

 とくにキャンプファイヤーに点火したときはドキドキした。

 むかしは家の前の道端で落ち葉を焼いて焼き芋まで作ったというけれど、現代のわたしたちはそんなことしたらおまわりさんに叱られてしまう。

 いまにも土地管理者が「コラ君たちなにしてるんだ!」と怒鳴り込んでくるような。

 まあその心配も最初の1時間だけだったけれど。

  

先ほども述べたけように、ここは大自然のまっただ中、キャンプ場のようにテーブルベンチやバーベキューピットもない。電灯も無いからまもなく真っ暗闇となった。


 (や~、明かりがまったく見えないって……初めて)


 鮫島さんが素敵な形のランタンを取り出して火を灯した。

 「コールマン?JGSDFは洒落たもの使ってんだ」シャロンが言った。

 「残念ながら私物」鮫島さんは苦笑いしながら言った。「なかなか使う機会がなくてね、持ってきてしまった」

 それを目印がわりに岩棚に置くと、やや殺伐としたキャンプに温もりがもたらされた。

 なんせテントは青とか黄色ではなく、サンドカラーの迷彩柄だ。


 石を積み上げて作った調理場で鍋を火にかけた。ちっぽけな折りたたみ作業台ひとつだけで肉と野菜を仕込むのはたいへんだったけど、わたしはやり遂げた……メイヴさんと鮫島さんに要領を教わってなんとか!

 これまたコンパクトな、マトリョーシカ人形のように重ねられてるクッキング用具も借りて。

 それでいまはカレーがぐつぐつ煮えてます。

 隣では飯ごうでごはんを炊いてるし。

 鮫島さんはトンカツを仕込んでいた。

 薄めのカツを10枚くらい作るらしい。

 

 「あーなんか良い匂い」シャロンが言った。

 「カレーライス、みんなお口に合うかな?」

 「あたしはよく食べるよ。ジョーはロスで食べたと言ってたかな」

 

 そのジョーは高い岩に登ってあたりを警戒してる。イノシシかクマが現れるかもしれないから。キャンプスペースに侵入するルートは2カ所だけで、いちおう簡単な柵を設けていた。


 食事の準備が整うあいだに男性陣が温泉につかった。

 「ぬるいけど五分くらい浸かってるとじんわり温まりますよ」

 「おさるは浸かってなかった?」

 鮫島さんは笑った。「おさるの親子はいなかったなあ」


 薄いカツを少ない油で揚げて、ざくざくカットして、各自用意した食器によそったカレーライスにのせて、できあがり!

 「うまいなこれ!」ですぴーはカレー初体験だったようだ。

 空気のせいか運動したせいか、屋外で食べるごはんてほんと美味しい。


 焚火には串に刺したソーセージやチーズの塊。

 

 「だけど明日以降は食料現地調達になる」シャロンが妙に楽しげな調子で言った。

 「レンジャー仕込みの野草の天ぷらとヘビの蒲焼きの出番かな」

 「ヘビなんかいなかったけど」

 「魚を釣るか……」


 なんでみんな明日以降も「これ」が続くと思ってるのか……わたしはいささか心配になってきた。

 (ま、いざとなれば簡単に帰れるよね。サイがいるんだもん)


 

 ゆっくり食事を味わって、食後はランチの時余ったパンの耳を使ってジョーがラスクを作った。シンプルだけど甘くて美味しいお菓子とコーヒーのあと、わたしたち女性陣は温泉に向かった。

 これもプチピクニックの様相だ。ビールのシックスパックに使った食器一山(お風呂のついでに洗い物)、着替えの下着にタオルなどなど。

 ランタンと懐中電灯の明かりを頼りに、岩場のジグザグな道らしきものを抜けて……ちょっとした肝試しの装いだわ。

 やがて微かな硫黄臭(実際には硫化水素だとジョーに改正された)が漂ってきた。

 岩場と山の斜面が接してるあたりに、温泉の泉が湧いていた。


「わー……キレイな水」

 水底がはっきり見えるくらい。

 それに大きい。差し渡し15メートルくらいあるひょうたん型の池だ。

 「こりゃ豪勢だ。日本てデカい風呂がいっぱいあるけど」

 盆地で空気の流れが停滞してるためか、湯煙が立ちこめていた。

 おあつらえ向きに雲のあいだから月が現れて、あたりは少し明るくなった。

 

 温泉の底は砂が溜まってて、座って浸かることができた。少ない明かりでも白っぽい砂のおかげで妙に明るくなった。

 しかしながら、ますます妙な気分。

 こんな山の中ですっぽんぽんになって露天風呂なんて。

 でもって、一緒にお風呂に浸かってるメンツはみなナイスバディばかり……

 腹筋割れてたり。やたら手足が長くてしなやかで、体脂肪率なんて言葉関係なさそうで……わたしは多少気後れした。

 ジョーとシャロンはサイとメイヴさんのどちらに注目すべきか決めかねているようだ。

 (そういやふたりともゲイだった)わたしは神妙な面持ちで顎まで湯に浸かった。(さぞ眼福でしょうねえ)

 サイは出っ張るところはすべて出っ張ってて肩幅も広くて筋肉質のアスリート。いっぽうメイヴさんは白い肌に金髪も相まってまさしくエルフのよう。


 「あーなんか数日ここで過ごしたいや」のんびり縁石に寄りかかってシャロンが言った。

 「明日も温泉見つかると良いな」

 わたしはメイヴさんに尋ねた。

 「明日はあの円柱状の山を目指すんですか?」

 「そうね。わたしが気になってたのはあの山よ」

 「メイヴ姐さん、なにを探してるんで?」

 「うーん……」メイヴさんは首をかしげた。「じつはある伝承があって、わたしはその伝承が事実ではないかと思い始めたの」

 「どんな伝承?」

 サイが答えた。

 「凶帝ホスとギルシスたちがこの地球に島流しされた際、ひとりの龍翅族の若者が彼らを追って地球に転移した、という伝承がある……真偽のほどは定かでなかった」

 メイヴさんがあとを続けた。

 「ギルシスを追放した者たちは、彼らが島流し先で死んでも気に留めないこととした……それくらい残虐な連中だったから」

 「それで?」

 「地球――を含めたこの世界は、急あつらえの世界だったはずなの。追放されれば死滅するしかなかったはず。ところが子孫であるあなたがたがいまだ存続して文明を築いてる。そこで龍翅族の若者の伝承よ。不毛なこの世界を、純粋な同情心から自分の命と引き換えに生存可能な環境に変えて、ギルシスを滅亡から救ったらしい、という伝承」

 「え……それじゃこの世界は、その龍翅族とやらが人身御供となったおかげで栄えたってことですか?」

 「曲がりなりにも、ね」メイヴさんは肩をすくめた。

 「あちらの世界でもほとんど信じられていなかった説――大勢を死に至らしめた罪悪感を慰めるための説話程度だと思われていたのだけど。わたしはそれが事実ではないかと考えはじめた」


 「あたしらがまだ生きてるから?」

 メイヴさんはいまだ核心に至らずと言うように手を振った。

 「厳しい環境で寿命も縮んで、ありとあらゆる病気に罹る身体にはなってしまったけれど、あなたがたはまだ生存して、発展さえしている。わたしには、あなたがたの言う生態系を誰かが与えたように思える」


 「参ったな」ジョーが言った。「今度は古めかしいガイア理論の復活かよ――」

 

 シャロンが両手でおもっきりジョーにお湯を浴びせた。「ちょっと!シリアスモードやめろっての!」

 「悪かったね」ジョーが忌々しげに顔を拭いながら言った。「ちょうど話が核心に迫ってたのに!」

 「あらら、喧嘩しないで」メイヴさんが朗らかな口調で諫めた。「それじゃ別のお喋りしましょう」

 「ホラー話しよう!」シャロンが言った。「まずいちばんおっぱいが小さい人から」



 全員の視線がわたしに向いた。


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[一言] >全員の視線がわたしに向いた。 む、むごい…。
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