112 〈ハイパワー〉の目的
わたしたちは無事川越に帰還した。
タワマン最上階のNSA川越支所にテレポーテーションしたわたしたち一行は、広いリビングで言葉少なにくつろいでいた。
「あー……くたびれた、精神的に」
ボブがソファーにぐったり寄りかかって頭を背当てに倒していた。ほかのみんなも似たようなものだ。メイガンだけがいそいそと歩き回って忙しくしてる。
「ボビー……シャワー浴びてきなよ……」ジョーが物憂げな口調で言った。
「おまえら先に行け」ボビーがぐったりポーズのまま片手だけ上げて言った。「俺は一杯飲みてえ」
制服姿の事務官さんがドリンクをテーブルに並べながら言った。
「あんたたち、まさかと思うけどアジア方面に出掛けてたのか?」
「ノーコメント……」ブライアンが怠そうに答えた。
「エ~?ビールくれよ」ボブがテーブルのペットボトルを物色しながら不満げに言った。
「まだ勤務時間」
ボブは腕時計を一瞥すると、ウ~と呻ってぐったり状態に戻った。
分析官になにか指示しながらメイガンが通り過ぎた。帰ってからひとり精力的にあっちこっち指示を出し続けてる。
「このフラッシュメモリーの中身を第三者ルートでネットワークに流出させて。中国国内の演習報道にタグ付けする形で、主席の病気療養報道にも関連させて」
「イエッサーマム。中身は動画ですか?」
「あなたたちが衛星で観測した戦闘の、地上から撮った画像よ」
「そりゃすごいや」
「ああそれから〈ハイパワー〉のロボットを収容する気密容器を用意して。人間一体ぶんよ。本国に移送する手続きも」
「自衛隊の技研に送ったあの女の一味ですか?」
「そう。重々警戒して扱わなければ」
わたしはサイとメイヴさん、ですぴーの異世界組と一緒に、窓際のテーブル席に座っていたけれど、メイヴさんは展望テラスに出て、宵闇の川越市内の景色をしばらく眺めていた。
サイはメイヴさんの隣に立って、見た感じメイヴさんの質問に答えているようだ。
わたしはようやく防弾チョッキを脱ぎ、服も着替えて(あの銀色タイツはサイに取り払ってもらい、メイガンに渡した)何通もメールを送ってきた社長に無事生還した旨の返事を送り、タカコにも写メールを送って、いまは水を飲んで平和を噛みしめていた。
「とりあえず、今夜はメイヴ奪還を祝おう」ですぴーがサイとメイヴさんの後ろ姿を眺めながら言った。
「久々のトリオ復活ですもんね」
「そうなんだよ。どこか高い店でメシでも食って……それからメイヴの住処を用意してやらにゃ」
「ここに置いてあげれば良いのに」
「まあな……メイヴ次第だ。あいつはあまりひとに頼りたがらないから。中国で馬鹿げたトラップをこさえ続けてたのも、おおかた一宿一飯の借りを作りたくなかったからだろう」
たしかにそんな感じだ。
「メイヴさんからいろいろ伺いましたよ。サイが持ってる邪剣の由来とか、それで名前に「デス」が入ってることとか……」
「ウム」
「デスペランさんの名前に「デス」が入ってるのも、ソウルテイカーだからなんですか?」
「あ?」
「違うよ」ガラス戸を開けてテラスから戻ってきたサイが答えた。「デスペランの父上が名付けたのだ。息子が強い戦士となるように――」
「てめぇばらすなよ!」
「――だからソウルテイカーとは関係ない」
「へー、そうなんだ」
「メイヴ貴様!そのネタ振りやがったのてめえだろ!」
メイヴさんは曖昧に手を振った。
「ったく、この名前でどれだけ余計な苦労したと思ってやがる……」
「おかげで強い子に育ったじゃない?」
「おかげでね!名前聞きつけたやつが例外なく絡んで来やがるから!」
メイヴさんがくっくっと笑った。
「わたしもそうやってデスペランと出遭ったのよねえ。生意気な大男と超生意気な小僧の妙な2人組に。そのうちのひとりが実際に〈デスリリウム〉の保持者になったのは驚いたけど、なにか運命を感じたわ……」
「へぇ……」
だれかがリモコンを操作して、壁の50インチテレビを点けた。BSのニュースチャンネルを選択した。
『――このたびの非常事態宣言について中国当局の説明はまだ無く――』
『――政府は当面中国への渡航を大幅制限する意向で、一部の政府筋によると中国在住日本人の送還も検討されているとのことです。この動きはアメリカを始め各国にも広がりを見せ――』
『――専門家の分析によると大連での軍事演習は先日ワシントン上空に現れた未確認物体と関連があると言うことですが、中国政府は否定しています。外務省は事実確認を急ぎ――』
ブライアンが言った。
「メディアが本格的に騒ぎ出すのは明日以降だろ。ネットはどうだ?」
SNSや動画サイトにいろいろ上がっていた。
ワシントンの宇宙船がなぜ埼玉に現れたのか?そしてなぜ中国に移動したのか、てんで好き勝手な考察が飛び交ってる。でもいずれにせよLo-Diと関係があると思われてた。
8月の同人誌即売会での騒ぎも蒸し返され、かなりイイ線行ってる考察もちらほら……でも正解はなかった。
あれほどバッチリ動画やらなにかを撮られても、あんがい確信にいたる人は少ない。「明らかな証拠」を突きつけられても同じ数のアンチが否定して回っている印象だった。
人間はじつに疑い深い生き物だった。
そして興味の対象も長続きせず移ろいやすい。
サイが隠れもせず日常生活を続けてるのも、メイガンたちが余裕綽々で活動してるのも、そのへんを達観しているからかもしれない。
奥のテーブルで、ようやく立ち止まったメイガンがこぼしていた。
「はっきり言っていちばん深刻な事態はあの〈ハイパワー〉の艦隊規模だわ」
「あーありゃたまげた。一隻だけと思い込んでたらあの数だ。ストレートに侵略されてたら白旗揚げるしかなかった」
「けどまんまと、欲しがってた〈魔導律〉も手に入れたようだし……これから何が起こるか分からないよ?」ジョーが言った。
ドラゴンとなった中国最高指導者を捕まえて……今ごろあのドラゴンは解剖されちゃってるのかな……
「あいつらなにをしたがってるんだろ?ね、メイヴさん」シャロンが話しかけてきた。
メイヴさんがAチームのテーブルに目を向けた。
「第一にわたしは〈ハイパワー〉というのが何なのかよく分からないんだけど」
その問いにはサイが答えた。
「凶帝ホスと〈ギルシス〉の末裔さ。この地球に島流しされたのちに生き残った直系だ」
「それ最悪じゃない!」メイヴさんは嫌悪に顔をしかめた。
「つまりそいつらはこの世界に流されて、徐々に失った〈魔導律〉を取り返しに来た……。そういうことね?」
「そうだ」
「ならば明白だわ」メイヴさんは腕を組んでうなずいた。「そいつらも帰りたがってるのよ」




