108 人間ピタゴラ状態
「うぉりゃああああああ!」
ですぴーが跳躍して巨大な剣に斬りかかった。
わたしに見えたのはそこまでだった。
なぜなら、わたしは次の瞬間ブライアンに抱えられて、すごい速さで移動させられてたから。
大きな腕で荷物みたいに抱えられながら、わたしはヘルメットの頭を抱えて縮こまっていた。
ブライアンはたぶん、飛び上がって、壁を蹴って、ふたたび地面に着地したと思う。からだが感じたのはそんな動きだった。
「ジョー!」
「あいよっ!」
わたしは宙に放り投げられ、だれかに――たぶんジョーに、キャッチされた。
「さ、サーセン!」さすがに女性に抱っこされちゃうと恐縮するわ。
「妹だ、重くない!」
空中でわたしはかろうじて片目を開けていたけれど、見えたのは巨大な剣を粉々に粉砕してるですぴーと、その巨大な腕が不気味なレリーフからにょっきり生えている様子だった。
パキン!というコンクリか石が粉砕されたような破裂音が響き渡った。
すべての光景が、一瞬の、絵画的に制止した断片のようだった。
「次はなんだメイヴ!」
「火龍の顎!」
「ボス!」わたしを抱っこしてるジョーが叫んだ。「このトラップ、やっぱりナツミには反応しない!あたしも比較的攻撃されてない!」
「ナツミを一番前に押し出せ!」
「アイコピー!ボス!」ジョーがそう言いながら飛び上がり、空中でわたしの体をボブに渡した。
わたしはなかば夢遊状態で、へんな恍惚感に浸りながらバトンリレーのバトン役を続けさせられてた。
あまりの恐怖に脳内麻薬がダダ漏れしてるのかも。
前方ででっかいギザギザの牙を生やした化石怪獣の顎がばっくり口を開けてる。わたしをおんぶしたボブがその口に向かって突進しようとしてた。
「ひゃああああ」
メイヴさんと鮫島さんがその巨大なアゴに光のつっかえ棒を渡して、口が閉じきるのを阻止した。
わたしとボブがギザギザの牙を飛び越えると、怪獣の顎は石化してバリバリ割れ始めた。
メイヴさんと鮫島さんが崩壊する顎から飛び退いて近くに着地した。
「交代!」
鮫島さんがわたしの体をボブの背中から引っぺがした。
それから両脇をメイヴさんと鮫島さんに支えられて、ふたたび猛ダッシュ!
「なるほど、ナツミがいるとトラップの反応が鈍いわね」メイヴさんが走りながら言った。
「そ、そうなんですか?これで?」
鮫島さんは大いに懐疑的だ。
わたしにもそう思えなかった。
だって行く手には通路いっぱいの大蛇がのたうち回ってるし!
頭だけで1メートルくらいありそうな石のヘビ!
「ギャウ!」
ハリー軍曹がわたしたちを追い越して大蛇の群に躍りかかった……というか、大蛇の頭から頭に、軽やかに飛び移ってる。
「あのネコちゃんに着いていって!」
「了解!」
鮫島さんがわたしをひょいと抱え上げて、お姫様抱っこしたまま飛び上がった。
メイヴさんがまるでトランポリンに乗ってるような身のこなしで後に続く。
メイヴさんはあの黒鞄を片手に持ち、もういっぽうの手にはどこから取り出したか杖を構えている。
わたしたちは順調に大蛇とラップをクリアしていた……だけど最後の大蛇を鮫島さんが飛び越えて地面に着いた直後、一匹がとつぜん頭をもたげてメイヴさんに火炎を浴びせた!
「メイヴさん!」
ほかのヘビも次々火炎を吐き出して、炎の壁が出来上がった。
わたしと鮫島さんが声もなく見据えていると、その壁を突き破ってメイヴさんが現れた。
「メイヴさん!」
「しゃらくさい!」
颯爽と立つメイヴさんの洋服は燃えカスと化していたけど、その下にはかつて夢で見た純白のローブ姿があった。
それで杖を構えてると、絵に描いたような魔法使いの姿だった。
「なにボケッと突っ立ってるの!」
「あっはい」わたしと鮫島さんは同時にそう答えて、回れ右した。
炎のおかげで地獄絵図が鮮明に浮かび上がってた。
壁際にそそり立つ二体の土偶の肩のあたりから、触手が何十本も生えてざわざわ蠢いてる。
だけどゴールは100メートルくらい先だ。大きな赤い★が描かれた壁が見える。
「あと二組トラップがあるけれど、初期に作った物だから突破は大変じゃない。ナツミは先に行って!」
「は?は、はい!」
メイヴさんが言った通りだ。
わたしが彫像のあいだを通過しても、なにも起こらなかった。土偶も、最後の木馬みたいなのも攻撃してこない。
わたしの足元を、子猫に戻ったハリーがチョコチョコ付き従ってた。
「ニャーオ」(早く行けよ!)
わたしはうなずいて、走り出した。
懸命に50メートルあまりを走り抜けて、壁に手をついて止まった。
振り返って、炎を背にして立っているメイヴさんと鮫島さんに手を振った。
炎の壁からAチームがひとりまたひとりと姿を現してた。メイガンも、みんな無事なようだ。
ですぴーも現れた。
わたしがホッとした瞬間、足元の床がガクンと動き出してわたしはずっこけた。
「ちっちょっとなにっ!?」
わたしを乗せたまま床の一部がどんどん降下して、唖然としてるわたしの頭上でシャッターが閉じた。




