こんな結末もまあいいか
…………。
…………。
…………。
…………あれ?なんかレオが固まっている。周囲もしーんと静寂が耳に痛いくらい静まり返っているんだが…………。え、なんか俺すべったみたいでイヤなんだけど……レオも何かいってくれよ……。
「……え……リンちゃん……それって逆プロポーズ?」
恐る恐るといった風に、かあさまがつぶやく。
七つ子兄さんたちが一斉に『イヤアアアァァ!』と叫んだ。
「プ?!プロポーズ?!嘘でしょリンちゃん!リンちゃんはにいたんと結婚するんだって言ったじゃないかぁー!にいたんは許しませんよ!」
いや、それは言ってないぞにいさま。
警ら隊の人たちが、『なんだ……痴話喧嘩だったのか……?』とザワザワしながらサーベルを鞘に戻している。
五歳で痴話喧嘩とかあるわけなかろうよ。言葉選びに気をつけて!
って、そうじゃなくて、どうしてプロポーズってことになるんだ。レオと俺は、血のつながりはなくてもキョーダイなんだから、レオもうちの子になればいいってことで…………。
「そうか……タロが俺と夫婦に…………」
レオがぽつりと呟く。なんか目からウロコみたいな顔してる。
「待て、レオ!俺はもうタロじゃない。ていうかお前、なにノッてるんだよ。そういう冗談にノリツッコミできるタイプじゃなかっただろ。お前は元親友の元男と結婚できるのか?」
な?な?無理だろ?いくら外観が変わっても中身がタロだと思うともう女子には見えないだろ?
レオは顎に手を当て熟考している。
おい、そんなにあらゆるシミュレーションしなくていいんだ。フワッと否定して話を進めてくれ。マジで俺がプロポーズしたみたいになるじゃないか。
「……できる気がしてきた。むしろすごくしっくりきた」
熟考した挙句、レオがスッキリした良い顔で答えた。なんでだよ!
「落ち着け。全然しっくりしない。むしろ違和感しかない。そうだろ?落ち着いてもう一度よーーくかんがえるんだ。お前ボッチを拗らせてちょっとおかしくなってんだよ。だって俺だぞ?そりゃあ女子になったけど、中身はお前の知っているタロだぞ?赤子の頃から一緒だった男とお前は子どもを作れるか?無理だろ?生理的に無理だろ?」
「………想像してみたが、忌避する理由がみつけられなかった。さすがにお前がタロだった時には考えもしなかったが、こうなってみると、お前と本当の意味で家族になれるその選択肢こそ、一番俺が求めていたものだったのかと言われてみて気がついた。
そうか、そうなんだな。ありがとう……タロ。お前がそこまで俺のことを考えていてくれたなんて、知らなかった。俺だけの、本物の家族になってくれるんだな…………家族というのは繋がって増えていくものだとお前は言ったけど、それは俺の子をたくさん産んで、大家族を作ってくれるという意味だったのか。
生理的に無理などということがあるものか。俺を思って言ってくれたお前の決意を無にするような真似をするわけがない。今すぐ結婚して家族になろう」
なんかすっかり憑き物が落ちたように晴れやかな顔でレオが言い切った。なにがどうしちゃったんだお前。
「待て、俺……じゃない私はまだ五歳だから結婚できない。そうじゃなくて……えーと、家族になれってのは、お前もウチの家族の一員になればいいって意味で…………おい、お前さっきの禍々しさはどうしたんだよ。いきなりキラッキラの瞳でコッチ見るのやめてくれよ…………さっきと違い過ぎて順応できないんだって」
なんでだ?どこでなにを間違えたんだっけ?どうしてこうなった?
え、俺まじでレオと結婚すんの?コイツと話していると前世の記憶に引きずられて、タロの意識が戻ってきちゃうから、レオを男としてみるのなんて無理なんだけど。
……と言いたいところなんだが、なんかレオがものすごく期待に満ちたキラキラの瞳で俺を見てくるから、そんなこと言い出せる雰囲気じゃなくなってきた。罪悪感がすごい。
「り、リンちゃん……にいたんは許さないぞ……どこの馬の骨とも分からない不審者に、ウチの可愛い妹はやれんぞ!リンたんが欲しくば、俺たちを倒してからだー!」
七つ子兄さんたちが猛りだした。ダメだ、俺の屍をこえていけみたいなこと言ったらレオはマジでやる。
「兄さまたちー!!!ダメです!コイツ勇者なんで地上最強の人間です!戦いを挑んだら冗談抜きで死にます!」
「へっ?勇者???勇者って……」
えっ?そうなの?とザワつくオーディエンス。
勇者って、世界を救ってくれたあの勇者?本物?嘘でしょ?でも常人と違うしまさか本物?と皆がザワザワ疑い半分でレオを見る。
兄さまたちは、バケモノみたいなレオの魔力を感知して、『コイツやべえ……あれ?まじで勇者?』と気が付いて一気に逃げ腰になった。
みんなが引き気味になって、レオからじわじわと距離を取り始めた時、かあさまがスタスタと歩いてレオに近づき、まじまじとレオの顔と、私の顔を交互に見て、ため息をついた。
「リンちゃんは赤ちゃんの時から早熟だと思っていたけど、まさか五歳でお婿さんを連れてくるなんて…………お母さんショック……。
でも……そこの貴方!誘拐犯と勘違いしたのは悪かったけれど、貴方も誤解されるようなことをするからいけないのよ!
いい大人がウチに挨拶もなく、いきなりリンちゃんを連れさろうなんてちょっと常識がないんじゃなくて?!まずはウチに結婚の許可をもらいに来るべきでしょう?貴方お仕事はなにをしているの?旅人みたいな恰好をしているけれど、まさか無職じゃないでしょうね?」
かーさまー!!!色々言っているけど、割と受け入れているよそれ!ウチに挨拶とかそういう話の前に、私まだ五歳なんだけど、その辺分かってる?
それにしても、レオにお仕事とか……勇者って仕事として成立してんのかな?
突然話を振られたレオは、面食らってパチパチと瞬きをしていが、戸惑いながらもかあさまに謝罪をした。
「あ、挨拶……そうですね、そういう常識的で人間的なことはすっかり失念していました。なんというか…………色々勝手をして申し訳なかったです。し、仕事、と言われると難しいのですが……あ、そういえば魔王討伐の際に出た褒賞金が手つかずで残っているので、並大抵のことでは生活に困ることは無いかと……」
「?財産があるってことかしら?ううん、でもダメよ。いくらお金に困っていないといっても、働きもしない男はロクデナシよ。リンちゃんと結婚したいなのなら、ちゃんと定職に就いてからにしなさい。そうすれば認めないこともないわ。そうね……怖い見た目だけど、よく見れば整ったいい顔しているし、なにより、リンちゃんが逆プロポーズした相手ですものね。可愛いリンちゃんのためだもの。私としては、頭ごなしに反対するつもりはないわ。まあ、あなたの努力次第ですけどね!」
ドヤッ!といわんばかりの顔でレオに宣言するかあさま。
あんまり気づきたくなかったけど、かあさまって天然かもしれない。
さっきまでのやり取りの不穏さとか、コイツの見た目の異様さとか、そういうの全然気にせず前向きに検討しているあたり、おおらかというか、天然だよね。ウチのかあさま。
「……ありがとうございます。突然このような不躾な形で来たにも関わらず、受け入れて頂けて感謝します」
「うん、ちゃんと挨拶できる子はいい子よ。貴方ご両親は?住んでいるところはどこなの?」
「かあさま、レオは孤児なんです。多分、定住している場所もないんじゃないかな……」
「まあ!そうなの?じゃあちょうどいいじゃない、うちで暮らしなさい。リンちゃんと結婚するなら貴方もウチの子になるんだものね。じゃあ……花火も終わっちゃったしね、帰りましょう、お父様にも報告しなくちゃ」
かあさまは、なんてことないように、レオに対し、『ウチの子になるんだから』と言った。レオはそんなかあさまの言葉に驚いて目を丸くして、『え?え……?』と戸惑っていた。
分かる、分かるよ。孤児だった俺たちにとって、こんな言葉をもらえるなんて奇跡みたいなもんだもんな。急にそんなこと言われると照れちゃうよな。
レオの心情が読めてニヤニヤしている俺と目が合うと、レオはちょっとバツが悪そうに眉を下げて笑った。
さっきまでの魔王みたいなレオじゃなくて、前世の記憶にあった懐かしい笑顔だった。
「……レオ、お前、笑えたんだなぁ」
なんか感慨深くて、思わずそう言うと、レオは自分が笑ったことに気付いて驚いたようだった。
「あ、ああ……そうだな、自分でもそう思ったよ。俺まだ表情筋死んでなかったんだな。忘れていたいろんな感情を、ようやく思い出せたよ。全部、お前のおかげだ……ありがとう」
そう言ってレオはごく自然に俺の鼻先にチュッとキスをした。
「んおぇ?!?!?おまっ……お前っ……なにしてんだよ!」
「今はこれで我慢しよう。お前はまだ子どもだからな」
「~~~~~っ?!?!ちょ、もう……まじかお前…………」
お前と話していると、どうしても前世の意識に戻っちゃうから、今お前がキスしたのはリンじゃなくてタロなんだよ!
親友に甘―くちゅーされる俺の気持ちももっと慮れ馬鹿野郎。
……と文句を言おうとしたけれど、昔のような顔で笑うレオを見るとなにも言えなくなった。
子どもの頃も、あんまり笑わないレオが笑うと俺もつられて笑ってしまったことを思い出す。
「あは……」
怒る気にもなれなくて、ちょっと笑ってしまった俺を見て、レオはちょっと驚いた顔をして、何故かちょっと困ったように苦笑した。
「……お前のスキルに、『お人よし』とあったけど…………なんだそれと思っていたが、こういうことか……これから俺が気を付けないと……色々巻き込まれそうで危ないな……」
レオがなにかブツブツ言っている。
「ん?なんて言った?よく聞こえなかった」
「なんでもない。ホラ、お義母上が待っているから行こう」
気づけば俺たちを取り囲んでいたギャラリーも警ら隊もいつの間にか散っていっていた。花火が終わって、祭りも終わりの時間だ。みんなそれぞれ家に帰るんだろう。
レオと微妙な距離を保ちながら、七つ子兄さんたちがブツブツと話し合っている。
「嘘だろリンちゃんが結婚とか……」
「信じない俺は信じないぞ……」
「なんで勇者がリンちゃんと知り合いなんだよ……」
「待て、結婚できる年になるまでまだ十年はある」
「それまでにぶち壊せばいいだけだ」
「相手は勇者でもオッサンだ」
「リンちゃんがお年頃になればオッサンなんか嫌になる可能性大だ」
聞こえてる、聞こえているよにいさまたち!
レオも絶対聞こえているんだろうけど、ニコニコ笑ってスルーしている。でもコイツ結構根に持つタイプだから、あとでネチネチ仕返しするんじゃないかな。
足を痛めたかあさまは、兄さんにおんぶされて、私は家までの道をレオに抱っこされたまま歩く。
花火が終わって、街灯に灯がともる。
宙に浮いた街灯が、家までの道を照らしていて、前を歩くかあさま達の背中を照らしている。
レオに抱っこされている私を見て、にいさまたちが微妙な顔をしているけど、目が合って私が微笑むと、いつも通りニコニコと嬉しそうに笑ってくれた。
家にはとうさまとグラムにいさまが待っているんだよな。レオのことをなんて説明しよう。
前世とか、荒唐無稽すぎて、なんて言ったらいいか分からないけど、どんな説明をしてもこの家族はきっと受け入れてくれるような気がした。
そう思うだけで、胸が痛いくらい幸せな気持ちになる。
良い家族なんだ。俺、幸せな場所に生まれたんだよ、レオ。
だから、お前もこっち側に来いよ。俺が連れて行ってやるから。
そんな気持ちでレオを見ると、なにも言っていないのに、レオは俺に向かって小さく頷いた。
さすが親友。以心伝心だな、と思っていると、レオはまたチュッと頬にキスをしてきやがった。
キス待ちしてたわけじゃねーよ!なんにも伝わってなかったよ!
なんだかなあ……とジト目でレオをにらんでみても嬉しそうな顔をされるだけでなにひとつ伝わらない。
なんか色々と思いがけない方向に進んで、コレジャナイ感がすごいけど……。
でも、地獄みたいな場所からレオが少しでも救われるなら、まあいいか。
この先、思っていた未来と全然違う人生になりそうだけど、こうしてレオがまた笑えるようになったのなら、どんな未来でもいいんじゃないかなと思うんだ。
おわり
このオチが書きたくて、7万文字も書いてしまいました。この情熱をどうして仕事に向けられないのか私。
書けて楽しかったです。最後までお付き合いくださりありがとうございました。




