どうしよう、俺の親友壊れてた
「―――――みつけた」
頭のすぐ後ろから、低い声が聞こえ、思わず飛び上がった。驚いて振り返ると、黒いマントを頭からすっぽりかぶった男が背中の真後ろにいた。
「だっ……誰……っ?」
男は私の問いかけに応えず、黙ったまま見下ろしてくる。
……不審者?誘拐犯?
田舎で犯罪とか無縁の村だったから油断していた。どうしよう、本当にかどわかしだったら、私じゃ抵抗するすべがない。
一人になるんじゃなかった。どうしよう。
後ずさって距離をとろうとするが、すかさず男は私の腕をつかんで離さない。
男は私を見下ろしながら、ゆっくりと黒いフードを下ろした。
「誰、だって……?お前は転生して何もかも忘れてしまったのか?俺だけ地獄に置き去りにして、お前は俺のことなんて忘却の彼方か」
フードから現れた顔には見覚えがあった。
記憶の向こうにある顔。
でもこれは私の記憶じゃない。
あの頃、特別な感じがしてうらやましいと思っていたきれいな金髪と、透き通った青い瞳。整った造形の顔を見るたびに、同じ村出身なのに不公平だなあと思ったものだ。
でも記憶にある姿と違う。前髪がひと房黒く染まっている。きれいな青の瞳は、左目が緋色に変わっている。
違う、こいつは、違う。似ているけど、アイツなわけがない。
レオなわけがない。
こんな禍々しい姿の奴が、勇者なわけがない。
「レ、オ…………じゃ、ない。レオは……髪も……目も……」
私がつぶやくと、男はなにかに気付いたように『ああ』と言った。
「お前の知っている姿とは少し変わったかもな。そりゃあそうだ。あれから何年経ったと思っているんだ。……髪と目か?これは『融合』の弊害だよ。お前にとっては前世の過去だろうが、俺は今も同じ時間を生きているんだよ。なあ、タロ。いや、今は別の名前だよな……でも、まあいいかどっちでも」
やっぱりこいつはレオなのか。レオンハルトなのか。
だったらどうしてこんな禍々しい雰囲気になっているんだ?
お前世界を救った勇者なんだろ?
もっとこう、英雄ぽい姿になっているべきだろ?
これじゃまるで、お前が魔王みたいじゃないか。
いや、そんなことよりも、どうしてお前がここにいるんだ。
違う、そうじゃなくて、どうして……。
「どうして、私が、いや……タロだって、分かったんだ?どうしてここに……」
「どうして?どうしてだって?そんなの俺がずっと転生したタロの魂を探していたからだよ。あの御使い野郎が、タロの魂は輪廻の輪に乗せたからもう干渉できないし、どこにいったかもわからないとか抜かすから、俺は世界中を回って探すしか方法がなかったんだ。だからこんなに時間が掛かってしまった」
探していた?ずっと?なぜ?
漠然と、いつか会えたらいいなと思っていたレオが目の前にいるけれど、記憶にあるレオと違い過ぎて、なぜか背筋が震える。
もし会えたらって思い描いた再会の一場面は……もっとこう……『うそだろ!お前生まれ変わってたのか!奇跡だ!』とか言われちゃって、そういうワーッとした感じを想像していたんだけど。
なんでコイツ、こんな魔王降臨!みたいな顔して立っているの?
なんか、どういうスタンスで話しかけたらいいのか分からない。レオの言っていることも、よく理解できない。
「え、ええと……すごく驚いたけど、レオにいつか会えたらいいなと思っていたから、こうして大人になった姿を見られてすごく嬉しい、よ…………今レオはどこに住んでいるの?魔王を斃した勇者様が、今どうしているのかとか、どこにも書いてないしみんな知らないみたいだから、どうしているのかなってずっと気になっていたんだ。
あ!そうだ!あの、討伐メンバーだった彼女たちはどうしているの?本当にみんなと結婚したの?ひょっとして子どもとかもいる?あ、私はね、見ての通り女の子なんだよ。びっくりした?タロの生まれ変わりを探していたなら、男かと思うよね?ごめんね、いやごめん、なさい?」
よくわからない異様な緊張感から、何をしゃべっているのかわからなくなる。
そもそも、タメ口で話しかけていいのか?私はただ前世の記憶を持っているだけで、今はただの子どもなんだから、勇者に敬意を払わないといけないんじゃないか?
混乱しながら話していると、レオがどんどん不穏な雰囲気になっていくので、ますます混乱する。
そんな私を見てレオは、怒りをにじませて、嘲るように薄く笑った。
「はあ?みんなと結婚……?ああ、あの御使いがお前にそう言ったのか?それでお前は言われたことを鵜呑みにして、俺をかばって死んだのか?バカバカしい……。そんな戯言に騙されて、お前は命を捨てたのか?……なあタロ。お前が俺の身代わりに死んで、俺がどう思うかとか考えたことはなかったのか?
俺の腕の中で、死んでいくお前を見ているしかできなかった俺の絶望を、一度でも考えたことがあるか?
俺の唯一の家族が、俺の唯一の兄弟が、俺に残された最後の故郷が、俺のせいで死んだんだ。タロ、俺はあのあと、飛び散ったお前の内臓を掻き集めて、発現した治癒魔法でもとに戻そうとしたんだ。でも、すでに魂が抜けた体は治癒できないし、決して生き返ることはない。魂は神の領分だ。どんな魔法をつかっても魂に干渉することはできない。
生き返らないとようやく理解したとき、俺はこの世界を呪ったよ。なにが勇者だ、なにが魔王を斃せだ、なにが世界の平和だ。そんなものもうどうだっていい。世界が救われたってもうタロは生き返らない。むしろ俺から最後の家族を奪った世界なんて、さっさと滅んでしまえと思ったよ」
禍々しい黒いオーラみたいなものがレオの体から立ち上る。魔力が漏れているのか?おかしい、コイツの魔力は聖なる力で、発揮するときはいつも清廉な気配がした。こんな息苦しくなるようなものじゃなかったはずだ。
レオが何故これほど怒っているのか分からない。
タロが死んで、ちゃんと脚本どおりに進んだんだろ?
「…………え?え?……い、いや、確かにお前を悲しませるとは思ったけど、でも声の人が、そうやって悲しみに暮れる勇者を、あの三人が支えて救ってくれるって……それでお前はそれをきっかけに、彼女たちと心を通わせて、魔王を斃して幸せになるって……だから……あ!それであの後、彼女たちはどうしたんだ?あの子たちは、心底お前を慕って、支えてくれようとしただろう?」
タロが死んで、あいつはきっと自分を責めると分かっていたけれど、そんな勇者を三人が支えて助けるんだろ?それで彼女たちと協力して、魔王を斃すっていう脚本なんだって声の人いったじゃん。
でもレオは俺の言葉を聞いて、声を出さずに喉の奥でククッと笑った。
「あの三人ねえ……どうしたのかよく見ていなかったけれど、俺がお前の死体を食い始めたら、何か叫んでいつの間にかいなくなっていたかな。いずれにせよ、他人になにか言われて立ち直れるような状態じゃなかったよ俺は」
ええ???なんで三人はいなくなってるんだよ。そこを支えて本当の物語が始まるんだろ?
……ん?死体?……俺の死体を、どうしたって言った?
「…………食った?お前今、俺の死体を食ったって言った?」
「ああ、食ったけど?」
「えっ?カニバリズム?」
「違う。タロが死んでから発現した、スキル『暴食』でお前の死体を取り込んだ。まあスキルっていっても、食っている姿はカニバリズムそのものだが。発現したスキルを初めて使ったから、勝手が分からず食うのに苦労した」
「はっ?!はああ?!おっお前なにやって……スキルとか分からんが、死んだ人間を取り込んでどうすんだよ?!いきなり勇者が死体を食い始めたら、狂ったかと思うわ!そりゃ女の子たちも逃げるわ!なんでそんなことしたんだよ!死体っつーのは食うもんじゃないんだよ!どこかに埋めて安らかに眠らせるもんなんだよ!」
「はは……嫌だよ。埋めたりしたら完全にタロが失われるじゃないか。『暴食』で取り込んだお前を、スキルでお前の細胞を俺のなかに『融合』したんだ。放っておいたら腐って無くなってしまうからな。ホラ、この前髪、タロの髪だろ?」
そう言ってレオはちょっと嬉しそうに自分の前髪を触る。
どうしよう、レオが何言っているか全然理解できない。俺の親友、壊れてた。




