幸せになれよ、キョーダイ
ずっといつ言おうか悩んでいたというレオは、ようやくすっきりしたと言って、その後は『討伐が終わったら飽きるほど肉が食いたい』とか『褒賞金で悠々自適に暮らすか』と、くだらないバカ話で語り明かした。
もうすぐ森の入り口にたどり着くと分かっていたから、俺もレオも、なおさらお互い明るく笑いあいたかったのだ。
「レオ様、黒の森が見えてきました!」
屋根の上にいる聖女様が声をあげた。目を凝らすと、黒く渦巻いた不気味な森が遠くに見える。
「了解した!タロ!馬車はこの辺で止めてくれ!」
レオの指示で俺は馬車を止める。降りて、それぞれに持たせる荷物の確認をし、荷馬車部分には目隠しの防水布をしっかりと被せる。二頭いる馬は荷馬車からはずし、俺はそのうちの一頭に乗って村まで帰る予定だ。
レオに荷物を渡しながら、俺は最後にレオと握手を交わす。
「さっさと終わらせて帰って来いよ?待ってるからな」
「帰ったら、飯は肉三昧な?」
肉三昧どころか酒池肉林だって勇者様なら余裕だろ、などと言って、お互いの肩をたたいてレオと離れた。
少し離れたところで準備をしていた女子三人が、俺にも声をかけてくる。
「レオ様のことは私たち翼賛者に任せなさい。あなたはまた魔物が出る前にさっさと帰りなさい」
「タロ君、ここまで一緒に来てくれてありがとう。必ず無事に帰還するから、心配しないでください」
「じゃーにゃ!帰り気をつけろにゃ!あ、飯旨かったぞ!ありがとにゃー」
「うん、あんたらも気をつけてな。まあ無敵のメンバーだから心配してねーけど」
軽く挨拶を交わし、レオ達は森へ向かって歩き出した。俺は馬の背に乗りそれを見送って、四人の背中が小さくなったあたりで馬を翻して、もと来た道を戻り始めた。
が、次の瞬間。
後ろから爆風が襲ってきて、俺は馬ごと吹っ飛ばされた。
地面に投げ出されて、受け身をとることもできずに強かに背中を打ち付け、俺は痛みにうめいた。
何が起きたのかと顔を上げると、森のほうへ向かっていたはずの四人がすぐそばまで来ていた。アイツらもまた爆風で飛ばされてここまで引いてきたようだ。起き上がりながら前方にいるレオに向かって叫ぶ。
「レオっ!なにが起きた?!」
「恐らく高位魔物の襲撃だ!聖剣が反応するのと同時に攻撃が来た!すまないタロ!大丈夫かっ?!」
「大丈夫だ!俺のことは気にするな!」
馬も一緒に吹っ飛ばされたのでどうしたかと辺りを見回したら、かなり離れたところで二頭ともこちらを見て待機してくれている。あんな風に吹っ飛ばされたのに、おびえて逃げていかないのか。なんていい子たちなんだ。
ガンガンガンガン!と衝撃音が次々と聞こえてきて振り向くと、聖女様がレオの前面に立ち、結界のようなシールドを作って敵からの攻撃を防いでいる。
「タロ!走ってくれ!馬に乗ってできるだけ遠くに行くんだ!戦いが始まったら巻き込まれる!」
レオが俺に向かって叫んだ。レオたちが本気で反撃に転じたら、爆風で吹っ飛ばされるどころじゃないってことだ。俺を守りながらじゃアイツらが不利になる。すぐにそう気づいて馬のほうへ走り出す。
が、突然ぞわっと体に震えが走り、思わずその場に踏みとどまると、ドガガガガッ!と俺の鼻先に黒い槍が降り注いだ。
……あっぶねえぇぇぇ!もう一歩すすんでいたら、串刺しだった……!
「一時撤退などさせませんよ。魔王様の誕生を阻もうとする白い悪魔どもは、この神聖な森に一歩たりとも踏み入れさせはしません」
上空から声が聞こえて、ハッと上を振り仰ぐと、はるか頭上に浮いている人間が見えた。
いや、人間……?違う、あれは魔物だ。だが今まで遭遇した獣型の魔物とは全然違う。人と変わらない見た目で俺たちと同じ言葉を話している。
上空にいるソイツの黒い瞳と目がかち合う。
人とは違う、光を吸い込むような真っ黒の目を見て、確かにこれは魔物なのだと理解した。ソイツの目を見ていると、底の見えない深淵をのぞき込んでいるような得体の知れない不安が沸き上がってきて、背筋が震えた。
身が竦んで動けずにいる俺に向かって、魔物が掌を俺に向けた。次の瞬間、掌から黒い槍が次々と吐き出されて、下にいる俺に向かって降り注いだ。
「シールド!」
俺の眼前に迫っていた黒い槍が次々と跳ね返されて地面に落ちていく。
聖女様の結界だ!あのツンツン聖女様が、まさか俺を助けてくれるとは……。
ダンッ!と音を立てて、レオがシールドを足場にして飛び上がった。
魔物は迫ってくるレオに向かって手をかざし、槍の雨を降らせる。
「レオッ!あぶねえっ!」
よける様子もないレオに、思わず声を上げたが、槍はレオに触れる前にシュワッと音を立て、黒い霧となって消えていく。降り注いだ槍は一瞬にして消滅した。
「くそっ!聖女の加護かっ!あちらから殺すべきか……っ」
攻撃が効かないと分かった魔物が、身を翻してレオの攻撃をよける。そして聖女様たち標的を移し、下にいる彼女たちへ向かって飛ぶ。聖女様を守るようにカナカナが前に立ち、エルダンが弓を射るが、弓は簡単にはじき返されてしまう。
魔物が掌からひときわ大きな槍を出現させ、聖女様に向かって振りかぶった。
だが、槍が放たれる前に、斬撃が魔物を襲った。
「がハッ……!」
斬撃は魔物の体を真っ二つに切り裂き、動きを止めた魔物は黒い血をまき散らしながらゆっくりと地面に落ちていった。
斬撃を放ったのは、先程攻撃をかわされたレオだった。空中に浮かぶレオの足には、小さなシールドが展開されており、それを足場にして体勢を変え、空から魔物へ攻撃を放ったのだ。
宙に浮くとかどんなチートだよもう。すげえな勇者。
フッと足元のシールドを解除して、レオは地面に降り立った。
「タロ、怪我はないか?すまない、俺の見通しが甘くてタロを危険な目に遭わせてしまった……もっと早くにタロに戻ってもらえばよかった……」
「大丈夫だよ、怪我もしていない。つーかすげえびっくりしたな。上位の魔物って初めてみた。あんな、俺たちと変わらない姿してんだな。すげえ強いし。でもあっという間にやっつけちまうから、やっぱレオは無敵だな」
落ち込むレオを励ますように、努めて明るく話す。俺も悪かったんだ。足手まといになる自覚をもって、もっと早く自分から帰るって言い出せばよかった。
「ほら、レオ。仲間たちが待っているぞ。俺は馬が待ってくれているから大丈夫だ。急いでこの場から離れるから、心配すんな」
「う、うん……でも帰路でタロが狙われるかもしれないし……」
「さっきはただお前たちと一緒にいたから俺も翼賛者のひとりかと思われたんだろ。別に俺は聖気?とかもないし、お前みたいに魔物を呼び寄せたりしねーからダイジョブだろ。いいから早く行け。彼女たちが不安そうにしてるじゃねーか」
まだ逡巡しているレオの背中を押して、女の子たちのほうへ向かせる。早くしないと他の魔物もさっきの騒ぎで集まってくるかもしれないだろ、と言うと、ハッとして急いで駆けて彼女たちの元へと向かった。
よし、俺も早くこの場を離れよう。
レオの背中を見送って、振り返ったとき、視界の端になにか動くものが映った気がした。
「……?」
真っ二つになって地面に転がる魔物の死体。その黒い血がゆっくりと移動して形を変えている。
「レオッ!危ない!」
俺が叫ぶと同時に、槍のかたちになった血がレオへと向かって打ち出された。
あの魔物は最初からこれを狙っていたのか。簡単に殺されて、油断したところでレオを急襲する計画だったのかもしれない。
おのれの死と引き換えの、自爆テロよろしく勇者の命を狙ったのか。
考えるよりも先に体が動いた。背を向けていたレオをかばうように、すばやく自分の身を槍の軌道に滑り込ませる。
『ドスッ!』
槍を防ごうと無謀にも突き出した俺の掌を突き抜けて、槍は腹に突き刺さった。
突き刺さると同時に、なんと槍は俺の体の中で爆発するようにはじけ飛んだ。
「ぐあああああっ!」
全身が引きちぎれるような痛みで、俺の意識は一瞬で暗転した。
***
「……ロ……タロッ!死ぬな……ッ」
苦しそうなレオの声が聞こえて、闇に沈んでいた俺の意識がゆっくりと浮上する。
ああ、でも眠くてしょうがない。今は夜中か?暗くてよく見えないんだ。
「レ……オ……」
「ああっ!タロ!大丈夫だ、こんな傷、すぐ治るから……大丈夫だから……」
レオがぼろぼろとこぼした涙が俺の顔に降り注ぐ。あれ……?俺、レオに膝枕されてる?男同士の膝枕とか、誰が喜ぶんだよ。
ん?今傷っていったか?俺、怪我したのか?木登りして落ちたんだっけ?ツノうさぎに反撃されたんだっけ?
……?なんか腹が熱い。あ、そうだ、俺……槍が刺さったんじゃん。そんで刺さって爆発とかえげつない仕掛けで意識飛ばしたんじゃん。アレ?そんで俺の腹は無事なのかな?
チラリ。
……見るんじゃなかった。アカンアカン、これはアカン。今こうして意識が戻ったのが不思議なくらいだわ。正直こんなスプラッタ見たくなかった。
こりゃ死ぬな。助かるわけない。
あーそういや結局神様の脚本通り、勇者をかばって死ぬってイベント完遂しちまったよ。
絶対このイベントこなしたい声の人が、なんか操作したような気がするけど。さっき思わず体が動いちゃったけど、よく考えると俺がレオの反応より早く槍の前に立てたのもおかしいよな。さっき絶対Bダッシュボタン押したみたいに高速で動いたと思うの。絶対なんかしたろ声の人……。
「タロ、タロ。大丈夫だから。俺が、俺が絶対助けるから……死ぬな、死ぬな……」
俺をのぞき込むレオの顔は涙でぐしゃぐしゃだ。
あー……ごめんな、レオ。俺、脚本の都合上、助からない運命なんだ。
俺が死んだらきっと、レオは自分を責めて苦しむよな。でもあの三人がそんなレオを支えになって、お前を救ってくれるはずだから、きっと大丈夫だ。あんな可愛い女子三人から、これでもかってくらい愛されるんだぞ?うらやましい奴め。
あ、視界が狭まってきた。もう時間がないんだ。
泣いているレオに何か言ってやらなきゃ。
きっとこれが俺とお前の交わす最後の言葉なんだから。なんて言えばいい?
魔王を斃せ?
ハーレムエンドが待ってるぞ、とか?
俺が死ぬのは神様の脚本で決まっていたことなんだから気にするな、とか?
いや、違うな。俺の言いたいことは、レオに伝えたいことはそんなんじゃない。
涙を流し続けるレオを見上げ、気力を振り絞って口を開く。
「……しあわせ、に……なれよ……キョーダイ……」
頑張って微笑んでみせたが、ちゃんと笑顔になっていたかな?
すでにぐしゃぐしゃだったレオの顔が、さらにグッシャグシャに歪んだので、失敗していたかもしれない。
思えば俺もお前も、奪われてばかりの人生だったよな。
親を魔物に殺され、村を焼かれ、家族も故郷も奪われた。
不公平だよな、なんでこんな人生なんだって、神様を恨むよな。
これまで奪われて失うばっかりの人生だったんだから、これからは今までの不幸を補ってもおつりがくるくらいのすげー幸せが訪れなきゃ、割りに合わないよな。
だから、絶対に、幸せになれよ。必ずだぞ。
「……っ!いやだ!いやだいやだいやだ!死ぬなタロ!頼む!俺を置いていかないでくれ!お願いだ神様……俺なんでもするから……どうか……」
もう泣くなよレオ。ごめんな、もっとなにか言ってやりたいけど、もう終わりみたいだ。
幕が閉じるように、意識が落ちていく。
こうして俺の『タロ』としての人生が終わった。
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