リズ、笑って
目が覚めたのは、全てが終わったあとだった。
侯爵夫妻曰く、リーゼロッテを刺したのは、何か薬を盛られて正気を失った男だったらしい。その男は、リーゼロッテを刺し、殴りつけたあと、クロヴィスの反撃によって怪我を負い、逃げた先で王太子の愛犬を殺したのだそうだ。
ーーそう。王太子の愛犬を。物語のキーたる、シャロを。
傷口が化膿して、熱を出し、こんこんと眠り続けたリーゼロッテが目覚めた時、それはなぜか、クロヴィスのせいということになっていた。
誰あろう、クロヴィスが、男をそそのかしたと自白したらしい。
そんなわけがなかった。あの子がそんなことするわけがない。
誰かがゲームの設定通りに進めようとしているのかとすら思った。
けれど、違ったのだ。
はじめ、責任を問われたのはリーゼロッテだった。狂った男に初めに襲われた、元々孤児の養女。それは、責任を押し付けるための生贄にぴったりで。
だから、クロヴィスはリーゼロッテを庇ったのだ。
だから、リーゼロッテのせいで、クロヴィスは罰を受ける。
だからーー……だから。
ベッドにうずくまって、リーゼロッテは泣いた。
ティーゼ侯爵家の力で、なんとかクロヴィスは帰ってこれた。背中におびただしい裂傷を得て、三日三晩熱を出して生死の境をさまよった。
ティーゼ侯爵夫妻は、リーゼロッテを責めなかった。クロヴィスが選んだ結果なのだから、リーゼロッテは悪くないのだと。
その目に涙を堪えて、リーゼロッテを抱きしめて。
リーゼロッテがクロヴィスに会えたのは、一ヶ月が経った頃。
ヴィー、と呼んで手を伸ばしたリーゼロッテの手を、そっと押しとどめ、クロヴィスは、笑った。
それは歪な笑みだった。悲しい笑みだった。切ない笑みで、苦しい笑みだった。
リーゼロッテは声をあげて泣いた。
悲しくて、悲しくてならなかった。
けれど何より、それがゲームのクロヴィスに似ていたことが辛かったから。
守ってあげる、なんて、どの口が言ったのだ。
呑気なリーゼロッテ。
「リズ、笑って」
クロヴィスはそう言った。だからリーゼロッテは泣いたのだ。
ごめんなさいと謝った。繰り返して泣いた。クロヴィスはなにも言わなかった。
その日の晩、リーゼロッテは吐いた。
憎かった。あの日、どうしてもっと警戒しなかった。過去を思い出す努力をしなかった。
呑気に幸せを享受すべきではなかった。
リーゼロッテは、自分自身が憎かった。殺してやりたいとすら思った。
ベッドの上、シーツを握りしめて、できもしないのにただただ呪いの言葉を吐いた。
「死ねばよかった、あんたなんか、死ねばいいの」
蜂蜜色の髪がほつれて、指に絡んでぶちぶちと抜ける。
リーゼロッテは、馬鹿だ。
愚かで、愚鈍で、無知で、そうして、無力で。
シーツを握る手が白く冷たくなる。リーゼロッテには死ぬ勇気すらなかった。
だからただ、呪った。
「死ねばよかったの、あんたなんか」
ーーリーゼロッテの部屋、扉の前、淡い金髪をした少年が、それを聞いて、静かに静かに呟いた。
「ごめんね、リズ」
君がいないと、僕はもう息もできないんだ。
なんて、ひどく歪に笑いながら。