幸せだなって思うんですよ
「私について、王城に行くかい?」
と。義父であるティーゼ侯爵がクロヴィスとリーゼロッテを誘ったのは、雲ひとつない晴天。ある晴れた日のことだった。
「え、ええ……」
クロヴィスそんな風に呻いて顔をしかめる。
ここ数ヶ月共にすごしていてわかったことだが、クロヴィスは人付き合いが下手くそだった。
多分、リーゼロッテ以外に友達はいない。
「り、リズ、リズは、行きたい……?」
クロヴィスは上目遣いでリーゼロッテにお伺いを立ててきた。王城に行ったことのないリーゼロッテに気を使ったのかもしれない。
「そりゃあ、興味があるといえば、あるけれど」
だからといって、クロヴィスに無理をさせたいわけではない。クロヴィスの交友関係を無理に広めたって、意味はないと思うし。
第一、リーゼロッテがティーゼ家に引き取られた時点で、「仔犬学園」のストーリーとは大幅に違うのだ。たしか、ゲームではリーゼロッテは男爵とか、子爵とか、そういう、そんなに偉ぶっていないところに引き取られていた。
リーゼロッテがクロヴィスに気に入られたから未来が変わったのだと思うのは思い込みにすぎるだろうけれど、それはそれでクロヴィスに死の危険が訪れないならオッケーだ。
そう考えると、本来のゲームの主人公は進む道を失敗したなあと思う。将来的に素敵な男性と出会うとはいっても、リーゼロッテにとってのクロヴィスに変えられるものではないのだ。
「リズ?」
「えっ、ごめんヴィー。ぼんやりしてた」
「リズったら。本当にのんびり屋さんだね」
もちろん、そういうところも可愛いけれど、と、天使みたいな顔をしながらクロヴィスは言う。お前の方が可愛い。
ーーえへん。えへん。
咳払いをして、赤くなった頰をごまかすと、ティーゼ侯爵がときめいたような顔をしていた。
「ティーゼ家の未来は安泰だなあ」
「そういえば……まだヴィーしかいないんだっけ」
「え?僕は一人っ子だけれど……」
「そうだよね」
金髪の。ティーゼ家のご令嬢。
なにか大切なことのような気がして、リーゼロッテはううんと唸った。
「リーゼロッテ、君は王城に行くことに反対じゃないんだよね?」
「お父様。まあ、まあ……そうですね」
「じゃあ行こう!私を助けると思って……!」
熊みたいな顔をしわしわにして、侯爵は懇願した。その中でつぶらに光る緑の目がクロヴィスと似ていて、リーゼロッテはうっと息を呑んだ。
この目には弱いのだ。この、寂しそうに震える可愛らしい目!
「ううう……ヴィー、いい?」
「もちろん。いいよ、リズ。父上の泣き落としっていうのがすこし、癪だけれど……」
「うちの娘と息子を自慢したいからねえ」
親ばかなティーゼ侯爵をちろりと見て、リーゼロッテはちょっと嬉しいと思ってしまった。
今更ながら、父親っていいなと思う。多分、お父さんと結婚するわ!という女の子はこういう気持ちなんだろう。
「まあ、私にはヴィーがいるけど」
へ?と同時にこちらを向いた2人に、リーゼロッテは笑った。
明日は王城に行く。当然のように、明日もいい日になるはずだと、リーゼロッテは疑いもしなかった。
ーーこの日の自分を殺してやりたいほど憎むことになるのを、知っていたら。
なにか、変わったのだろうか。なんて。