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かっこいい結末じゃないけれど

「な……!?お前は……」


 短剣を飛ばされ、ロミルダが目を見開いて驚いた。

 視線の先には、死んだと思われていたロミルダの弟子――クロヴィス・ヴィー・ティーゼが、ロミルダを冷たい目で睨んで――いいや、睨んでなどいない――強く冷たい目で、ただ、見ていた。

 ……これは、なんだ。

 こんな温度のない瞳を持ちうる人間がいるものか。

 そう、ロミルダがつぶやくのに反応したかのように、クロヴィスがその唇をにいと引いた。


「死んだと思っていましたか?葬儀までしたんですし、まあ、そうでしょう。ヒュントヘン公爵家にかくまわれていました。あなたをここに引きずり出すために。師匠――いいや、ロミルダ・バシュ。すべての言質は今、ここでとった。あなたがこの国の貴族に暗示をかけ、国王陛下の妹姫の命を奪い、その相手の命も奪った。そう、あなたが言ったんだ」

「黙れ!お前がお姫さまのお子様を――!」

「その子供は、リズではない。そう、王太子殿下が認知してくださっている。ロミルダ。妄想に憑りつかれていたことには同情するが……」

「妄想などでは、ない!」

「――いいや、妄想だよ。ロミルダ・バシュ」


 そう、周囲の貴族に言い聞かせるように嘯くクロヴィスの言葉をさえぎり、ロミルダへと返したのは、玉座に座る王太子だった。


「僕は今、国王陛下より代理の役目を賜っている。だからこそ、言おう。ロミルダ・バシュ。あなたは病気だ」

「病気……わたくしが……?」


 ロミルダは、そう言われてうろたえたように後ずさった。

 しかし、その言葉に、かえってロミルダは光明を見出したようだった。


「わたくしが病気なのでしたら、ええ、ならば、罪などありませんね?」


 ロミルダがそんなことを言う。先ほどまでのヒステリーがどうしたのか、と思えば、ロミルダがふいにリズを見てにっこり笑った。病気だといってここで罪を逃れ、またなにかをたくらむつもりなのだろうか。一瞬、リズの体がこわばる。

 けれど、クロヴィスが、リズを抱きしめて「大丈夫」と囁くから、リズは体の力を抜いた。


「あなたが、という意味ではない。あなたが、この国の病――逆賊だ」


 言い聞かせるように、ばっさりと王太子が言う。

 ロミルダは、今度こそ顔から表情をそぎ落とし、能面のように唇を閉じた。


「……なぜ、王族は、わたくしを、いつも、このように冷遇なさるのです」

「ロミルダ・バシュ。伯爵家の娘だったが、医学を修め、しかし、国王陛下の気に障ったという理由で医官としての出世を奪われた。それは、同情しよう。だが王妹殿下の乳母となり献身的に尽くした……。そう、見せかけて、ずっと王妹殿下に薬物を盛っており、やがて、自身の出世を望めないとわかって殺害した、その事実を覆すことはできない」


 王太子は、広間に響く声で告げた。ざわめきが広がり、ロミルダが悪意ある視線に突き刺される。


「お前……クロヴィス、お前が……」

「王太子殿下の愛犬の殺害の、原因となっていた男へ暗示をかけたのもあなたでしょう。三年間、なにもしていないと思っていましたか」


 ロミルダが目を見開く。リズの肩に残る傷跡が痛んだ。


「僕のシャロを殺し、ティーゼ侯爵令嬢に罪をかぶせ、そして僕の側近――クロヴィスの殺害未遂、今お前がティーゼ侯爵令嬢にしたような余罪もありそうだ」

「いや……いやだ……いやだ……!わたくしは、こんなところで終わるような女ではない!」

「連れていけ」


 王太子が命じると、衛兵がロミルダを取り囲んだ。

 ――が、往生際悪く、ロミルダがなにかの粉を取り出し――その瞬間、まるで瞬間移動のように文字通り跳んできたヴィルヘルムが、ロミルダの首に手刀を落として気絶させた。

衛兵が一礼し、ロミルダを運んでいく。

 王太子が貴族たちに退出を命じ、やがて謁見の間にはリズたちのみがのこされる。

 すると、ヴィルヘルムが、先ほどまでのうやうやしさはどこへ行ったのか、気楽な様子で口を開いた。


「クロヴィス。大丈夫か?」

「僕よりリズを心配してください」

「リーゼロッテ嬢。大丈夫か?」

「リズの名前を呼ばないでくれますか」

「どうしたらいいんだよ!」


 ヴィルヘルムが銀髪をかき上げてため息をつく。それが信じられなくて、リズはクロヴィスの腕の中で、目をしばたたいた。


「なか、よし?なんですね」

「ん?そりゃあ、未来の王の側近ふたりだし。いやあ、ティーゼ侯爵令嬢にも仲悪いと思われてたかな」

「リズを見ないでくれます?減ります」

「心狭すぎない?」

「お前たちはいい加減にしろ」


 いつの間にか、玉座から降りてきた王太子アルブレヒトが、眉間にしわを寄せてあきれ返っているという器用なことをしていた。


「王太子殿下」

「いつかぶりだな、ティーゼ侯爵令嬢。君にはなにも告げなかったのを申し訳なく思っている。だが、君の話でロミルダの悪行を暴くことができた。ありがとう」

「……なにも知らぬからと言え、失礼な物言いをしてしまいました」

「気にしていない。こちらも利用したようなものだ。……シャロの仇を討てた。感謝している」


 そう言って、王太子アルブレヒトは少し陰りのある目で笑った。


「すまない、ティーゼ侯爵令嬢。このへんで話すのをやめよう。君の恋人が噛みついてきそうだ」

「噛みついたりなどしません」


 クロヴィスが淡々と言うが、リズには聞き逃せないことがあった。


「ヴィーと、私、恋人?」

「おい、クロヴィス。今聞き捨てならないことが聞こえたんだが」

「俺たちはお前とティーゼ侯爵令嬢が恋人だって聞いたんだがまさか一方通行……」


 リズのつぶやきに、尊い身分の二人が急に青ざめる。

 ヴィルヘルムに至ってはクロヴィスの胸倉をつかんでいた。


「私、ええ、私……」


 リズの顔が赤く染まる。そういえば、恋人のつもりでいたけれど、恋人という形ではなかった気がした。そっか、そっかあ。恋人。えへへ。


「おいクロヴィスなんとか言え!」

「両親には、死を偽装した時話したので結婚は成人したらすぐに」

「いやいやいやいや、外堀を埋めるな!」


 ぐわんぐわんとクロヴィスの首が揺れている。それに伴って、クロヴィスの腕の中のリズも揺れている。

頬が熱い。どきどきして、耳までかあっと熱くなる。

 だから、リズは今クロヴィスがあらぬ疑いをかけられている真っ最中なことに気づかなかったので、クロヴィスを振り仰ぎ、ヴィルヘルムを押しのけてその胸に思い切り抱き着いた。


「ヴィー!幸せにするわ!」

「……リズ!……僕も」


 背景で、王太子と公爵子息があきれたようになにか言っている。

 まあ、二人が幸せなら……。と聞こえた気がした。苦笑が漏れている。

 事件の結末は、なんとも締まりのない話と笑いに満ちている。

 それでも、リズは――リーゼロッテ・リズ・ティーゼは幸せだった。


 ――今日まで絶望の中で息をしていた。

 けれど――けれど、リズは今日ほど生きてきてよかったと思ったことはなかった。

 ゲームの中では不仲だった王太子たちとクロヴィスは、実は仲良しで、だからここは、だれかがこうなればいいと願ったような、やっぱり夢みたいな世界だ。


 夢みたいだ、ああ、本当に。けれど、これはリズたちが生きている現実。

 何度も何度も失敗して、何度も何度も泣いて、その先に、クロヴィスがいてくれた。


 だから、リズは笑った。


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