彼女の前でしか笑えない
クロエ・アーデルハイトはご満悦だった。
というのも、親友であるリーゼロッテがクロヴィスと話す機会を得た、上に、よりが戻ってきているからだ。まあ、戻ってきているもなにも、喧嘩別れというわけではないのだが。
クロヴィスによろしくと頼まれた。そう、リーゼロッテに話したことは正しくはあるが全てではない。
正確には、クロエがリーゼロッテと仲良くなったあたりで、クロヴィスに釘を刺されたのだ。くれぐれもリーゼロッテを守れ、くれぐれもよろしく、と。それで、クロエはリーゼロッテを取り巻く環境が、ただ平穏なものではないと理解したのだ。
リーゼロッテの表情が抜け落ちているのを、簡単に納得できたのもそれが理由である。
侯爵令息の突然の来訪に、クロエの一家は心臓が飛び出る思いだった。
菓子折りは美味しかったのでゆるしたが、正直なところ、クロヴィスはリーゼロッテのストーカーではないかと思うくらいだった。
そのくらい、あの時のクロヴィスは真剣だったし、鬼気迫っていた。
「ティーゼ先輩が笑ってらっしゃるわ!」
「嘘でしょう?氷の王太子にも勝る冷たい美貌の方でしたのに……」
そんな声を聞いて、クロエは振り返った。
趣味の悪い、けばけばしいドレスに化粧をした令嬢たちは、たしかクロヴィスのファンだ。婚約者のいないクロヴィスを狙っていると聞いたこともある。
婚約者のいない令嬢たちに大人気の生徒会の三本柱、生徒会長アルブレヒト王太子と、副会長の公爵令息ヴィルヘルム、書記のクロヴィスが中心になってまとめあげたこのパーティーは、なるほどたしかにとてもしつらえがいいが、やはり手が回らないところもあるのだろう。
参加者の服装の質はそこまででもないようだ。
お金をかければ良いというものではないのである。
クロエは、自分がコーディネートしたリーゼロッテを思い返してうふふと笑った。
綺麗で可愛いリーゼロッテ。優しくて、強い、そしてその強さの下に弱さを隠した、クロエの大事な友達は、ひそかな人気のご令嬢だ。
だからこそ、もうすでにクロヴィスに外堀を埋められていてもおかしくはない。
そのくらいクロヴィスの愛は重い。
リーゼロッテもクロヴィスを好きだからまあ、まあ、だが、それはそれとして、リーゼロッテの周囲を片っ端から牽制していくあの独占欲はちょっと引くレベルだ。
ーーそれを知らないんだろうなあ。
なおもクロヴィスの笑顔にはしゃぐ令嬢たちを見やってクロエは遠い目をした。
クロヴィスが笑うのは、リーゼロッテのことに関してだけなんだよ。なんて、思うなどする。
「ちょっと、相手の子、あの転入生じゃない?」
「たしか……ティーゼ家の養子の……」
「ぐ……美人だからって……」
ローストビーフの列に並んだクロエは、その声の主を見られない。けれど、やはり他から見てもリーゼロッテは可愛いのだなあ、なんて思った。
あんなにかわいいから、クロエはリーゼロッテの侍女になりたいと思ってもいいはずだった。
ただ、それは何か違うとも思った。
リーゼロッテは、なにかと手を差し出す。
握って欲しいんだろうかと思って握手を返すと、驚いたようにその手が震える、不思議な子だった。
ああ、そっか。クロエは、リーゼロッテと手を繋ぎたかったから、友達になったのだった。
順番が回ってくる。ベリーのソースのかかった美味しそうなローストビーフを取り皿にとって、近くのサラダを盛り付ける。なかなかに見栄えが良くできた。
きっと喜んでもらえる、そう思って、席に帰る。
そこで、リーゼロッテは照れて逃げ出してしまったとのたまったクロヴィスに白い目を向けてあきれ返り、どうしてそこで押さないんですかと叱り飛ばしーー。
すん、と冷たい顔を崩さないクロヴィスが、たしかに……と反省してみせたのに、おや、と片眉をあげてみたりして。
その時は、クロエはこのまま全てがうまくいくような気がしていた。
リーゼロッテが帰ってこない。それに気づいた時は、何もかもが遅かった。